新菱冷熱工業とアジアクエストは2026年7月、BIMデータを基盤に建物全体の空気の流れを3D空間上で再現・予測する「AI-CFD環境予測デジタルツイン(スマート・エア・ツイン)」の初期版を発表しました。従来は計算負荷の高さから個室単位に留まっていた気流解析を建物全体へ拡張しつつ、AIの活用で解析時間を200分の1以下に短縮した本技術は、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の実現や設備運用フェーズにおける意思決定を強力に支援します。
BIMとAIが拓く気流シミュレーションの進化と開発背景
今回発表された「AI-CFD環境予測デジタルツイン(スマート・エア・ツイン)」は、新菱冷熱工業が持つ空調設備・IoT基盤と、アジアクエストのAI実装技術を統合して開発されました。両社は資本提携関係ではなく、2026年1月に始動した「建設DX推進に向けた新サービス創出プログラム」を通じた技術協業として本プロジェクトを推進しています。
従来のCFD(数値流体力学)解析は、物理方程式に基づく膨大な計算が必要であり、高負荷な処理を要するため対象範囲が個室単位に限定される傾向がありました。これに対し、スマート・エア・ツインはBIMデータをベースに、建物内部から外気周辺までの気流解析を建物全体規模へと拡張しています。
解析エンジンには、約2,500件のCFD解析データを学習させたCNN(畳み込みニューラルネットワーク)モデルを採用しています。これにより、季節や時刻、空調設定などの条件を指定するだけで、従来の200分の1以下の短時間で温度、CO2濃度、快適性指標(PMV)の空間分布結果を出力することが可能になりました。
実証拠点となったのは、茨城県つくば市にある新菱冷熱工業の「イノベーションハブ本館」です。同施設は2024年3月より運用が開始されたフルBIM活用施設であり、ABW(Activity Based Working)と温湿度環境を掛け合わせた「ABW+e」を導入しています。フロア内で環境が連続的に変化する「環境グラデーション」が形成されており、その可視化と環境予測の検証ツールとして先行導入されています。
| 項目 | 従来のCFD(数値流体力学)解析 | AI-CFD「スマート・エア・ツイン」 |
|---|---|---|
| 解析対象範囲 | 高計算負荷のため個室単位に限定 | BIM統合により建物内部から外気を含む建物全体へ拡張 |
| 解析時間 | 長時間(数時間〜数日を要するケースも存在) | 従来の200分の1以下(条件指定後即座に結果を生成) |
| 解析エンジン | 物理方程式に基づく直接数値計算 | CNNモデル(約2500件のCFD解析データを学習済み) |
| 主な用途 | 設計段階における局所的な環境検証 | ZEB達成に向けた運用改善、設備更新、外気導入の最適化検討 |
可視化機能としては、BIMデータによる建物全体の3D表示、点群データを用いた精密な内装表現、気流や温度のアニメーション表示、さらにはビーコン情報を活用した在室者の位置表示機能などを統合しています。なお、センサーデータは取得時点のデータを反映する仕組みとなっており、運用の現場で速やかに現状と予測値を照合できます。
両社は今後、AI-CFDの予測精度のさらなる高度化を進めるとともに、将来的には空調制御システムと直接連動させ、解析結果を自動フィードバックする自律型空調制御への実装を目指しています。
建設・設備業界および不動産開発へ与える具体的な影響
スマート・エア・ツインの登場は、施工を担当するサブコンだけでなく、ビルを所有・管理する発注者やデベロッパーの事業モデルにも大きなインパクトを与えます。
サブコン・設備工事業者におけるサービス提供領域の拡張
従来の設備工事会社は、設計図面に基づき設備機器を正しく設置・施工して引き渡す「売り切り型」のビジネスモデルが主流でした。しかし、AI-CFD技術により運用段階での高度な環境シミュレーションが容易になると、施工後の建物運用や設備更新に対するコンサルティングサービスが可能になります。
実物件で再現や検証が難しい空調条件や外気導入パターンを画面上で即座に確認できるため、施主に対して数値裏付けのある省エネ運用案や改修提案(VE提案)を提示できるようになります。これにより、設備工事業者は施工領域を超えて「竣工後の環境・省エネ最適化プロバイダー」へと変革を遂げることができます。
発注者・デベロッパーにおける資産価値とESG評価の向上
世界的なエネルギー価格の高騰や脱炭素化(GX)の要請に伴い、ビルオーナーやデベロッパーにはZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の達成と、快適な室内環境の確保という二元対立の課題が突きつけられています。
建物全体の気流や温度、CO2濃度、PMV(予測平均温冷感申告)の分布を短時間で試算できるシステムを導入することで、快適性を損なわずに外気導入量や空調出力を極限まで最適化できます。データに裏付けられた確実な省エネ実績は、ビルのESG評価(GRESBやCASBEE等)を高め、テナント誘致における強力な差別化要素(グリーンプレミアム)として機能します。
参考記事: 東京ミッドタウン八重洲でロボ4台が稼働、ビルOS対応が受注力に直結
ConShiftの視点|静的なBIMから「動的デジタルツイン」への不可逆なシフト
新菱冷熱工業とアジアクエストが開発した「スマート・エア・ツイン」の本質は、建設業界におけるBIMの役割を「静的な図面代替データ」から「運用フェーズで価値を生み続ける動的デジタルツイン」へと進化させた点にあります。
これまで施工BIMは、引き渡し後に活用されず放置されるケースが少なくありませんでした。しかし、約2500件の解析結果を事前学習したCNNモデルを組み込むことで、重い計算負荷というボトルネックを破砕し、BIM上にリアルタイムに近い形で気流や環境データを重畳することに成功しました。
この変化は、建設DXの主戦場が「現場の施工効率化」から「竣工後のビルOS・プラットフォーム化」へシフトしていることを物語っています。今後は、気流解析結果が空調自動制御システムにダイレクトに反映される世界線へと確実に進みます。
設備工事会社やゼネコンは、ハードウェアの施工精度を高めるだけでなく、AIモデルやデジタルツイン基盤を通じて竣工後の建築物から継続的なデータを取得し、運用改善サービスを提供する「ストック型ビジネス」への舵切りが問われています。
まとめ|設備DX時代に向けて現場と経営が取り組むべきアクション
AIとBIMの融合による気流解析の高速化は、これまでの建物運用のあり方を根本から変えつつあります。業界関係者が明日から意識すべきアクションを提示します。
- 施工BIMデータの引き渡し仕様に、竣工後のデジタルツイン運用を想定した属性情報・座標設定を組み込む
- 単なる機器の更新提案から脱却し、AIシミュレーションに基づくエネルギー削減量と快適性(PMV)をセットにした改修・VE提案手法を確立する
- 設備制御・IoT基盤とAIモデルを連携させるための通信規格やシステム構成に関するナレッジを組織的に蓄積する
建築物がデジタルツインを介して運用中に成長・最適化する時代において、先端テクノロジーを自社の施工・提案プロセスへ迅速に組み込む姿勢こそが、今後の受注競争力を決定づけます。



