矢作建設工業と建設テック企業のMalmeは、2026年8月5日、資本業務提携に基づく「現場密着型」の建設DX共同開発プロジェクトを始動したと発表した。自社独自工法の積算支援に生成AIを組み込み、熟練技術者のノウハウをデジタル資産化するこの取り組みは、深刻化する「2030年問題」を克服する戦略モデルとして業界の注目を集めている。
矢作建設とMalmeの共同開発プロジェクト|始動の背景と3つの開発テーマ
矢作建設工業(以下、矢作建設)とMalme(マルメ)による共同開発プロジェクトは、単なる既存ITツールの導入にとどまらず、エンジニアが土木現場の最前線に入り込んで課題抽出からシステム構築・運用までを一体となって進める点が特徴である。
プロジェクト発足の経緯とタイムライン
建設業界では、職人の高齢化や若手入職者の不足に伴う人手不足が年々深刻さを増している。特に2030年前後に熟練技術者が大量退職を迎える「2030年問題」を見据え、技術や判断ノウハウの継承が急務となっている。
こうした課題に対し、矢作建設は2026年5月に発表した中期経営計画(2026〜2030年度)において、DX戦略の軸として「外部ベンダーとの連携による生産システムの刷新・定着」を重要施策に掲げた。同方針に基づき、2026年6月にMalmeとの資本業務提携を交わし、同年8月に本プロジェクトを正式発足させた。
| 年月 | 出来事・決定事項 | 概要と目的 |
|---|---|---|
| 2026年5月 | 中期経営計画(2026〜2030年度)策定 | DXによる付加価値創出と外部ベンダー連携を重点施策として設定 |
| 2026年6月12日 | 矢作建設とMalmeが資本業務提携を締結 | 技術・ノウハウの相互連携と現場密着型開発の体制を確立 |
| 2026年8月5日 | 建設DX共同開発プロジェクトの始動発表 | データ基盤構築および3つの具体的なシステム開発に着手 |
プロジェクトに関与する主要企業とその役割
本プロジェクトは、ゼネコン、建設テック企業、グループ会社が強みを持ち寄り、相互に補完し合う体制で運営されている。
| 企業名 | 役割・立ち位置 | 本プロジェクトにおける具体的な担い手 |
|---|---|---|
| 矢作建設工業株式会社 | 発注側・ゼネコン(元請け) | 土木現場の施工・設計データ、熟練者の判断知見の提供、全社・他部門への成果横展開 |
| 株式会社Malme | 開発パートナー(建設テック) | 現場密着型エンジニアの派遣、データ基盤構築、生成AIモデルの開発・実装 |
| ヤハギ緑化株式会社 | 矢作建設グループ会社 | 基幹業務システム(見積・受注・工事台帳統合)の開発モデルケース・実証フィールド |
共同開発で推進される「3つの重点テーマ」
共同開発では、営業・積算・施工の各工程に分散していたデータを集約する共有データ基盤を土台とし、以下の3つのテーマでシステム開発が進められている。
独自工法「パンウォール工法」の情報プラットフォーム構築
矢作建設が独自開発した地山補強土工法である「パンウォール工法」を対象に、営業情報、図面、積算データなどを一元的に管理するシステムを構築する。パネルの製造工程から実際の施工段階まで管理範囲を広げるとともに、蓄積された過去案件の検索や受注分析を可能にするAI機能の拡張も予定している。
「パンウォール工事」の積算業務支援における生成AIの導入
現場ごとに斜面角度や地質、パネル形状などの施工条件が複雑に異なるパンウォール工事の積算において、生成AIを活用したシステムを導入する。完全に全自動で決定するのではなく、AIが現場条件に応じた複数の積算案を提示し、それをもとに熟練技術者が最終判断を下す仕組みをとる。熟練者の判断結果をAIが継続的に再学習することで、提示案の精度と作業効率を段階的に高めていく。
ヤハギ緑化をモデルとした汎用基幹業務システムの開発
グループ会社のヤハギ緑化株式会社を実証モデルとし、見積情報から受注データ、工事台帳までを一元管理するシステムを整備する。入力作業の重複を解消し、リアルタイムでの決裁状況把握や原価率の可視化を実現する。将来的に矢作建設の他部門や他のグループ会社へも適用可能な汎用性の高いシステム設計を目指す。
「パンウォール工法」の積算における課題とAI活用の仕組み
パンウォール工法は、プレキャストコンクリートパネルと補強材を用いて垂直や急勾配の斜面を安定させる工法であり、高い耐震性と景観性を兼ね備える一方で、施工条件に応じた細かな設計調整が必要とされる。
従来の積算業務では、経験豊富な熟練者が図面や現場条件から施工手順や必要な歩掛り(作業ごとの必要人工)を読み解き、個別に判断して計算を行っていた。このプロセスは作業が属人化しやすく、見積作成のリードタイムが長くなる原因となっていた。
今回の取り組みでは、熟練者がどのような根拠で歩掛りや資材の数量算出を行っているのかを整理し、生成AIに学習させている。条件入力に対してAIが妥当性の高い複数のパターンを提示することで、熟練者は一から計算を行う必要がなくなり、確認と微調整に専念できるようになる。
参考記事: 歩掛り(ぶがかり)とは?人工との違い・計算方法から原価削減の実務策まで解説
ゼネコン・建設テック・業界構造に与える3つのインパクト
矢作建設とMalmeの連携事例は、特定の企業間におけるDXの枠を超え、建設業界全体のビジネスモデルや技術継承のあり方に多様な影響を及ぼしている。
ゼネコン(元請け)への影響:暗黙知の構造化による技術継承の高速化
中堅・大手ゼネコンにとって最大の問題は、ベテラン社員が長年培ってきた「頭の中にあるノウハウ(暗黙知)」が、定年退職とともに失われてしまう点にある。特に独自工法や特殊技術の積算・施工判断はブラックボックス化しやすい。
矢作建設の取り組みは、熟練者の判断基準や思考ロジックをデータとして蓄積し、生成AIに学習させることで「会社の共通資産」へと転換するアプローチを示している。AIが提示する複数の積算案を参照しながら作業を進めることで、経験の浅い若手や中堅社員であっても熟練者の思考プロセスを追体験でき、技術習得や意思決定のスピードを向上させることが可能になる。
建設テック企業への影響:「パッケージ販売」から「現場伴走型パートナー」へのシフト
これまで建設業界向けのITベンダーやSaaS企業は、汎用的な施工管理アプリや積算ソフトを完成品として販売するビジネスモデルが主流であった。しかし、ゼネコンごとに異なる独自工法や社内ルールに対応しきれず、現場での定着に課題を残すケースも少なくなかった。
Malmeが見せる「エンジニアが直接現場に密着し、既存の業務フローに寄り添いながら共同開発を行うスタイル」は、建設テック企業の新たな付加価値となっている。単なるシステムの提供者ではなく、企業のコアコンピタンス(競合優位性)をデジタル化する「戦略的パートナー」としての存在感が強まっている。
建設業界の構造的変化:ITツール導入から「独自ナレッジの資産化」へ
従来の建設DXは、ペーパーレス化やチャットツールの導入といった「事務作業の効率化」に焦点が当てられることが多かった。しかし今回のプロジェクトは、ゼネコンの競争力の源泉である「独自工法」や「積算ノウハウ」そのものをデジタル化の対象としている。
建設DXのフェーズは、市販ツールを活用する段階から、自社の強みをAIやデータ基盤に組み込んで差別化を図る「経営戦略直結型のDX」へと移行している。
ConShiftの視点(独自考察):なぜ「完全自動化」ではなく「複数案提示+継続学習」なのか
本プロジェクトにおける最も注目すべき点は、生成AIの活用手法において「積算の完全自動化」を目指していない点である。
地質や地形、気象条件、近隣環境などが一件ごとに異なる土木工事において、AIによる判断だけで100%正確な積算を行うことは現実的ではない。予期せぬリスクや特殊な現場条件を見落とした場合、施工トラブルや大幅な予算オーバー(原価割れ)を招く危険性があるからだ。
そこで重要になるのが、AIが複数の実行可能性が高い積算案を根拠とともに提示し、最終的な意思決定を熟練技術者が担う「Human-in-the-Loop(人間の判断を組み込んだループ)」の設計である。熟練者がAIの提示案をチェックし、修正を加えた結果が再びシステムにフィードバックされ、学習データとして蓄積される。
この協調モデルによって、以下の循環が生まれる。
- 熟練者の作業負担が軽減され、高度な判断が必要な安全・品質の評価に時間を割り振れるようになる。
- 熟練者の修正判断そのものがAIの精度向上を促す教師データとなり、システムの信頼性が向上する。
- 若手社員は「AIの提示案」と「熟練者の判断理由」を比較検証しながら実務を学べる環境が得られる。
独自工法という自社の強みを、技術者のノウハウとAIの学習サイクルによって進化させ続ける仕組みこそが、2030年問題における人材減少を乗り越えるための現実的かつ強力な解となる。
まとめ:明日から意識すべき3つのアクション
矢作建設とMalmeによる現場密着型の共同開発事例は、人手不足に悩むすべての建設企業にとって多くの示唆を含んでいる。自社のDX推進において、明日から意識すべきアクションを整理する。
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自社独自の「強み」や「属人化している業務」を特定する
他社との差別化要素となっている独自工法、特殊施工、ベテラン社員しか行えない見積・積算業務など、どのプロセスに社内ノウハウが集中しているかを棚卸しする。 -
「完全自動化」ではなく「人の判断を助ける支援ツール」としての活用を描く
AI導入を計画する際、最初から全自動化を目指すのではなく、現場の技術者が判断しやすい選択肢や根拠を提示するアシスタントとしての配置から着手する。 -
外部の技術パートナーと現場目線での協力体制を築く
システムを完成品として購入するだけでなく、自社の現場業務に深く理解を持つ開発パートナーを選定し、現場の意見を取り入れながら段階的に改善していく体制を整える。
自社の技術やノウハウをいかにデジタルデータとして残し、AIとともに活用できる基盤を作るかが、これからの建設業界における企業の持続可能性を左右する。
出典: BUILT
出典: PR TIMES
出典: 株式会社Malme 公式発表
出典: 矢作建設工業株式会社 公式発表



