国土交通省は2026年9月17日、処遇改善や生産性向上に取り組む建設企業を客観的に評価し、工事受注や人材採用につなげる新制度の検討ワーキンググループ初会合を開きました。月給制導入や賃金水準の向上に取り組む企業を証明する「処遇優良事業者証」の創設や、元請け・下請けを横断する評価基準の策定に向け、2027年夏の基本構想とりまとめを目指して協議を進めています。
国土交通省が進める「企業評価ワーキンググループ」の検討論点
国土交通省は、2026年7月に立ち上げた「持続的な成長産業としての建設業のあり方に関する検討会」の作業部会として、企業評価ワーキンググループを設置しました。芝浦工業大学の蟹澤宏剛教授が座長を務め、公共工事の入札参加資格に直結する経営事項審査(経審)や建設キャリアアップシステム(CCUS)による能力評価の見直し、さらには民間工事まで含めた共通の評価基盤の構築を議論しています。
総務省の労働力調査などを基にした国土交通省の資料によると、建設業就業者において55歳以上が36.7%を占める一方、29歳以下は11.7%にとどまり、技能者の約25.8%を占める60歳以上が今後10年で大半引退する見通しです。こうした技能者の大量離職に備え、価格競争ではなく労務費の適正配分やDX投資を行う企業が選ばれる取引市場への移行が進められています。
新制度検討の時系列と推進スケジュール
ワーキンググループの設置に至る経緯と今後の想定スケジュールは下表の通りです。
| 時期 | 政策・制度の動き | 検討・決定事項 |
|---|---|---|
| 2024年6月 | 第三次・担い手3法公布 | 改正建設業法により標準労務費の勧告や原価割れ契約禁止が規定 |
| 2026年7月9日 | 新検討会の第1回会合開催 | 2017年策定政策から10年を控え、企業評価など2つのWG設置を決定 |
| 2026年9月17日 | 第1回企業評価WG開催 | 処遇優良事業者証の交付や経審のサプライチェーン評価などを提示 |
| 2026年秋〜冬 | 関係各所への実務ヒアリング | 建設企業、民間発注者、教育関係者へ評価軸のニーズ調査を実施 |
| 2027年夏(目ど) | 新ビジョンのとりまとめ | 建設業の持続的な成長に向けた今後10年間の包括的指針を公表予定 |
提示された主な論点と有識者の提案
初会合では、既存の枠組みにとどまらない制度設計に関して複数の専門家から提案が出されました。
- 処遇優良事業者証の交付:改正建設業法に基づく労務費確保施策の一環として、一定水準以上の賃金支払いを確認できた事業者を国や第三者機関が認証する仕組みです。
- 元請けのサプライチェーンマネジメント評価:一橋大学大学院の福地宏之准教授は、経審において元請け企業が下請けを含めた施工体制全体を適切に管理・支援できているかを評価項目に組み込む案を示しました。
- 非財務指標の民間工事への開示:EY新日本有限責任監査法人の中川政人公認会計士は、経審から担い手確保などの非財務要素を抽出し、民間発注者が選定時に利用できる枠組みを提案しました。
- 横断的な評価基準の整備:日本政策投資銀行の鈴木章弘都市開発部長は元下問わず同一の尺度で可視化する制度の必要性を説き、杉田昌平弁護士は外国人材の確保を見据えた国際労働市場での通用性を論点に挙げました。
国土交通省は今後、民間発注者における経審の認知度や活用ニーズを調査するとともに、学生や求職者が就職先を選定する基準について教育関係者や労働市場の専門家から聞き取りを行い、制度設計を具体化させます。
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
参考記事: 経営事項審査(経審)の仕組みとP点アップのポイント|申請手順から有効期限まで分かりやすく解説
建設業界各層への影響
新評価制度の検討は、公共工事の元請け企業だけでなく、民間工事の取引や下請け企業の労務管理体制にも直結します。
ゼネコン(元請け企業)への影響
元請け企業にとっては、自社の財務数値や完成工事高だけでなく、協力会社に対する労務費の支払い状況や技能者の就労環境の把握が受注力に直結する体制へと移ります。経営事項審査において下請けサプライチェーン全体のマネジメント能力が審査項目化されれば、一次・二次下請けの社会保険加入状況やCCUS活用度、適切な労務費の転嫁実績を証明する管理工数が増加します。
また、民間発注者向けに非財務情報が開示される枠組みが整った場合、民間建築市場においても下請け企業の賃金水準や時間外労働の削減実績がコンペや特命受注の判断材料となります。元請けは協力会社編成において、単価の多寡だけでなく、コンプライアンスや処遇基準を満たした業者を優先的に組織化する調達方針が求められます。
サブコン・専門工事業者(下請け企業)への影響
専門工事業者にとっては、「処遇優良事業者証」やCCUS能力評価の取得が、下請け指名や単価交渉における直接的な交渉材料になります。日給制から月給制への移行や定期昇給の実施、法定福利費を内訳明示にした標準見積書の提出といった処遇改善を実施している企業は、公的な認証を通じて元請け企業から選定されやすくなります。
一方で、労務費の引き上げやCCUS導入に未着手の専門工事業者は、元請け企業が自社のサプライチェーン管理評価を維持・向上させる過程で、協力会社リストから外されるリスクを抱えます。賃上げ原資を確保するための標準労務費を踏まえた価格交渉と、自社技能者の保有資格・就業履歴の客観的なデータ化が事業継続の要件となります。
発注者・デベロッパー(施主)への影響
民間発注者やデベロッパーにとっては、企業の施工実績や提示価格だけでなく、担い手確保指標を用いた客観的なスクリーニングが可能になります。労使トラブルや人手不足による工期遅延リスクを回避するため、入札や見積もり合わせの段階で元請け企業のサプライチェーン管理能力を評価する動きが広がります。
さらに、ESG不動産開発やサプライチェーン上の人権デューデリジェンスを重視する上場デベロッパーを中心に、処遇優良事業者証を持つ企業群で構成された施工体制を指定・優遇する調達指針の策定が進む見通しです。
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
参考記事: 建設キャリアアップシステム(CCUS)とは?2026年完全義務化への対応と導入メリット・登録手順を解説
ConShiftの視点:制度設計の行方と企業が取るべき針路
本制度の検討は、第三次・担い手3法で導入された標準労務費の勧告制度を、企業評価という市場インセンティブによって実効化させる位置づけにあります。法規制による下請取引の監視だけでなく、処遇改善に取り組む企業が公共・民間の双方で優先指名される商環境を構築しなければ、労務費確保の法改正は形骸化しかねないためです。
特に注目すべきは、EY新日本の中川氏が提起した「経審から担い手確保の非財務要素を切り離した民間活用」と、福地准教授が提起した「サプライチェーン管理能力の評価」の2点です。これが実現した場合、元請け企業の評価は、単体の資本金や技術者数ではなく「配下の専門工事業者に標準労務費水準の賃金を支払わせているか」という下流工程の統制実績へとシフトします。
企業が取るべき実務対応は、CCUSや処遇優良事業者証の審査基準を見据えた就労実績・賃金台帳のデジタル管理化です。一次請けであれば二次以下の労務費支払いを把握する確認フローの構築、専門工事業者であれば自社の賃金体系を月給制や能力等級制へ切り替え、CCUS技能者評価と連動させる準備が直接の受注対策となります。
参考記事: 技能者能力評価基準(レベル判定)とは?評価の仕組みとカード更新の手順を解説
明日から取り組むべき実務対応
国土交通省が2027年夏の制度化を見据えて実態調査を開始したことを受け、経営層や実務責任者は以下の具体策に着手する必要があります。
- 賃金水準と労務費内訳の再点検
自社の技能者・現場技術者に支払っている給与が標準労務費および最新の公共工事設計労務単価に照らして適正水準にあるかを検証し、見積書への法定福利費・労務費の内訳明示を徹底します。
- CCUSへの登録状況と就業履歴の蓄積推進
処遇優良事業者証や施工能力の見える化評価の基礎データとなるCCUSについて、自社技能者のカード更新手続きを進めるとともに、現場でのタッチ率を高めて客観的な施工実績を記録します。
- 協力会社群の労務管理状況の棚卸し
元請け・一次請けの立場にある企業は、主要な協力会社における法定福利費の支払い状況、雇用形態(常用雇用の割合)、賃金改定状況を把握し、サプライチェーン全体での法令遵守と処遇水準の確認手順を整備します。
出典: 建通新聞 電子版
出典: 国土交通省 報道発表資料
出典: 国土交通省 検討会資料



