清水建設は山岳トンネルの切羽における爆薬装填作業を無人化する装薬システムを開発し、実工事現場での実証試験において人手作業と同等となる1孔あたり平均約30秒の装薬性能を確認しました。崩落リスクが最も高い切羽直下での作業員立ち入りを完全に排除するだけでなく、穿孔時の摩擦熱による爆薬の暴発リスクを物理的に遮断する画期的な技術革新となります。
遠隔装薬システム「CHARGE MASTER」の開発背景と実証概要
山岳トンネル工事において、火薬類を用いた発破掘削は極めて標準的な工法です。しかし、掘削最前線である切羽(きりは)は地山が露出しており、常に肌落ち(岩盤崩落)の危険が潜む過酷な環境です。
従来の装薬作業では、掘削断面積約80平方メートルの標準的な道路トンネルであっても100カ所以上の装薬孔を穿孔する必要があり、切羽監視員の立ち会いのもとで5名程度のトンネル特殊工が切羽直下に立ち入って手作業で装薬を行っていました。作業員の安全確保と省人化の観点から、切羽作業の機械化・遠隔化は業界長年の悲願でした。
穿孔データ連動と粒状爆薬の空気圧送による自動装薬メカニズム
清水建設が開発を進める遠隔装薬システム「CHARGE MASTER(チャージマスタ)」の中核技術は、爆薬装填パイプと爆薬圧送ホースの先端を連結・一体化した機構にあります。
遠隔装薬のプロセスは以下の手順で進められます。
- 孔位置データの取得・誘導
- 先行する穿孔作業時に記録した各装薬孔の3次元位置座標データをシステムに取り込みます。
- 重機ブームを遠隔制御し、装薬孔へ爆薬装填パイプの先端を正確に誘導して挿入します。
- 爆薬の空気圧送と装填
- パイプ挿入後、離隔した爆薬供給装置から圧縮空気を用いて爆薬を圧送・装填します。
- 使用する爆薬は、起爆用の「親ダイ」と誘爆用の追加爆薬である「増ダイ」の2種類で構成されます。
- 増ダイには湧水環境下でも品質が低下しない「粒状爆薬」を採用し、湿潤・湧水現場への適応力を確保しています。
- パイプ引き抜きと完了
- 所定量の爆薬装填を検知した後、装薬孔からパイプを自動で引き抜き、1孔の装薬工程を完了します。
本システムは、先行して削岩機(ドリルジャンボ等)で全孔を穿孔し終えた後に装薬専用機を進入させる運用を前提としています。これにより、「穿孔作業」と「装薬作業」のタイミングを完全に分離できます。連続作業時に懸念されるドリル穿孔時の摩擦熱(残留熱)が爆薬に伝わる危険性を根本から排除できるため、施工安全性が飛躍的に向上します。
従来手作業と「CHARGE MASTER」の仕様・性能比較
実証試験において確認された従来工法と本システムの違いは下表の通りです。
| 比較項目 | 従来の装薬作業(標準断面約80㎡) | CHARGE MASTER(実証結果) |
|---|---|---|
| 作業体制 | トンネル特殊工5名+切羽監視員1名 | オペレーター2名(遠隔操作) |
| 作業場所 | 切羽直下(肌落ちリスクの高い危険エリア) | 切羽から離れた安全な遠隔操作エリア |
| 装薬時間 | 1孔あたり約30秒 | 1孔あたり平均約30秒(人手と同等) |
| 装薬孔数 | 100カ所以上/発破 | 同等の全装薬孔に対応可能 |
| 暴発リスク対策 | 穿孔直後の残留熱によるリスクが内在 | 穿孔と装薬を完全分離し残留熱リスクを排除 |
| 湧水環境への適応 | 作業環境の悪化・装填難度の増加 | 粒状爆薬の空気圧送により安定装薬 |
実証実験現場(桑野道路長生・明谷トンネル)の概要
2026年7月に実施された本システムの現場実証は、国土交通省四国地方整備局発注の道路トンネル工事にて行われました。重機の2本のブーム先端に装薬システムを搭載し、2名のオペレーターがそれぞれ遠隔操作を実施して施工性を検証しています。
| 項目 | 工事概要・実証条件 |
|---|---|
| 工事名 | 令和4-7年度 桑野道路長生・明谷トンネル工事 |
| 発注者/施工者 | 国土交通省 四国地方整備局/清水建設株式会社 |
| 工事場所 | 徳島県阿南市長生町柳木谷、柳西山 |
| 工期 | 2023年3月 ~ 2026年12月 |
| トンネル諸元 | 工事延長1,080m、トンネル掘削工1,001m、内空断面積93.7㎡ |
| 現場環境 | 湧水量の多い山岳トンネル掘削現場 |
| 検証成果 | 湧水下での粒状爆薬の確実な装填と所定の発破効果を確認 |
参考記事: 清水建設ら5社、トンネル自動吹付けで切羽作業ゼロと時間5%短縮を実証
建設業界の各プレイヤーに与える影響
切羽直下の無人化と装薬作業の遠隔化は、ゼネコン、技能労働者、建機メーカーの各ステークホルダーに対して大きな変化をもたらします。
元請けゼネコン:重大労災リスクの根絶とESG経営の強化
山岳トンネル工事における切羽肌落ちは、ひとたび発生すれば死亡災害や重篤な人身事故に直結する最大級のリスク要因です。装薬作業を完全遠隔化して切羽直下の作業員立ち入りをゼロにすることは、元請けゼネコンにとって労働安全衛生体制の根本的な変革を意味します。
安全性の向上は、発注者である国土交通省や高速道路各社に対する総合評価落札方式での技術提案力を強化するだけでなく、重大事故リスクを最小化するコーポレートガバナンスおよびESG経営の観点からも極めて強力な競争優位性となります。
トンネル特殊工・職人:危険作業からの解放と遠隔オペレーターへの職能転換
火薬類取扱保安責任者や熟練のトンネル特殊工は、これまで肌落ちの危険に神経を研ぎ澄ませながら、過酷な切羽直下で重労働を行ってきました。高齢化が進む中で若年層の入職を促すためには、労働環境の劇的な改善が不可欠です。
本システムの導入により、職人は「命懸けの現場作業」から「安全な遠隔操作ブースでの機械制御・監視業務」へと移行します。熟練工が長年培ってきた地山状態の見極めや装薬配分の知見は、デジタル画面上でのパラメータ調整や施工指示に活かされ、身体的負担を伴わない持続可能な就労環境が実現します。
建機メーカー・専門機器企業:装薬専用機という新規市場の創出
従来の山岳トンネル機械市場は、ドリルジャンボ、吹付け機、エレクタ付きコンクリート吹付け機などが中心であり、装薬に特化した専用機は確立されていませんでした。
清水建設が今後プロトタイプから装薬専用機の実用化を進めることで、汎用重機へのアタッチメント装着にとどまらない「次世代型遠隔装薬ロボット」という新たな建機カテゴリーが創出されます。油圧制御、粉じん・湧水対策、高度な3Dセンシングを統合した専用機械の開発・供給は、建機メーカーやレンタル事業者にとって新たな事業領域となります。
参考記事: 清水建設、55歳以上37%の建設現場へ人型ロボ協調基盤を提唱
ConShiftの視点:工程分離が生む「山岳トンネル完全無人化」の構造転換
清水建設の「CHARGE MASTER」開発は、単なる手作業の遠隔化にとどまらず、施工プロセスそのものを安全側に再設計する構造的シフトを示しています。
「穿孔」と「装薬」の物理的分離による安全設計思想
これまでの山岳トンネル施工では、削岩機で孔をあけた直後に作業員が装薬を行う運用が一部で見られ、ビットの摩擦熱が火薬に影響を与えるリスクを完全にゼロにすることは困難でした。
本システムは、穿孔時に取得した3次元座標データをデジタル連携させ、別工程として装薬専用機をアプローチさせる運用を確立しました。データを媒介に「穿孔」と「装薬」を時間的・空間的に完全に分離したことで、人為的ミスや残留熱に起因する暴発の余地を排除しています。ハードウェアの自動化だけでなく、データ連携を前提とした「工法プロセスの再定義」が行われている点に本技術の本質があります。
「シミズ・スマート・トンネル」構想と切羽無人化のロードマップ
清水建設は、山岳トンネル工事のオートメーション化技術群「ST-MASTERS」を軸に、次世代型トンネル構築システム「シミズ・スマート・トンネル」を推進しています。
山岳トンネルの標準サイクルは主に「穿孔・装薬・発破」「ずり積み・運搬」「支保工建込み」「コンクリート吹付け」「ロックボルト打設」の繰り返しです。同社はすでにコンクリート自動吹付けシステム「ヘラクレス-AUTO」の実証に成功しており、今回の「CHARGE MASTER」によって、最も危険度の高かった装薬工程の遠隔化に道筋をつけました。要素技術が統合され、一連の掘削サイクルが安全圏からの集中制御オペレーションへ移行する日は確実に近づいています。
明日から現場と経営が意識すべきアクション
山岳トンネルや土木施工に携わる現場管理者および経営層が、自動化・遠隔化の潮流を見据えて着手すべき実務対応を整理します。
1. 切羽近傍作業における危険度評価と機械化優先順位の再点検
自社が管理する現場において、作業員が切羽直下や肌落ち危険エリアに立ち入る頻度と時間を洗い出します。装薬、吹付け厚さ検尺、支保工建込みなど、先端技術によって代替・遠隔化が可能な工程を特定し、安全投資の優先順位を明確化します。
2. 施工データの3次元座標管理と重機間連携の基盤整備
「CHARGE MASTER」が穿孔時の3次元座標を活用しているように、施工データのデジタル化は自動化の前提条件です。ドリルジャンボのガイダンスシステムや出来形点群データを現場内でシームレスに連携・活用できるデータインフラの整備を推進します。
3. 遠隔操作・機械モニタリングに対応できる技能者の育成
将来的な現場のオートメーション化を見据え、現場作業員や若手施工管理者に対して、タブレット操作、重機の遠隔制御、三次元データ読解などの教育訓練を実施し、次世代オペレーターへの育成シフトを開始します。
出典: 清水建設株式会社
出典: 日刊建設工業新聞
出典: Digital Construction


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