国土交通省は、中東情勢を受けた資材高騰への対応状況に関して建設Gメンが実施した重点調査結果を公表し、調査対象172社のうち約8割にあたる138社に対して建設業法に基づく指導を行いました。
指導を受けた企業のうち115社で材料費や労務費の内訳明示、見積条件提示の不備といった見積書作成上の問題が確認されています。
建設Gメン重点調査の全貌と浮き彫りになった商慣習の課題
国土交通省が実施した今回の重点調査は、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格や原材料価格の急激な変動、海上輸送の混乱による建設資材の調達難が国内の建設現場に及ぼす影響を把握するために行われました。
政府は2026年5月に取引Gメンや建設Gメンなど1000人規模での価格転嫁集中調査方針を掲げており、その一環として国土交通省の建設Gメン(158名体制)が通常調査を拡充する形で2026年6月から7月にかけて全国の建設会社172社への聞き取り調査を展開しました。
重点調査が実施された背景と経緯
調査の端緒となったのは、地方整備局などに設置されている「駆け込みホットライン」への通報や、主要な建設業界団体・労働組合の地方組織から寄せられた情報です。
2026年春以降、中東地域の緊張激化に伴い、ホルムズ海峡の航行リスク等を通じて石油化学系資材や金属資材の調達環境が急速に悪化しました。一般社団法人全国建設業協会(全建)が2026年4月に実施したアンケート調査では、シンナーや塗料、仕上げ材で70〜80%、断熱材や防水材で30〜50%の大幅な価格上昇が報告され、メーカー各社からの出荷制限や納期遅延が相次ぎました。また、一般社団法人日本建設業連合会(日建連)も同月に、躯体・仕上げ・設備にわたる広範な工種で資材の納期遅延や価格改定が生じている実態を公表しています。
こうした事態を受け、全建は2026年4月30日に国土交通大臣へ緊急要望書を提出し、民間工事を含む資材価格転嫁の徹底や柔軟な工期延長を強く求めました。これに対して政府は2026年6月1日に「中堅企業・中小企業・小規模事業者の活力向上のための関係省庁連絡会議」等を開催し、省庁横断での取引適正化調査を指示。今回の調査結果は、2026年9月10日に開かれた政府の「賃上げに向けた中小企業等の活力向上に関するワーキンググループ」において報告されたものです。
| 時期 | 主な出来事・施策 | 実施主体・関係機関 |
|---|---|---|
| 2024年6月14日 | 改正建設業法(担い手3法)公布 | 国会・国土交通省 |
| 2024年12月13日 | 契約前「おそれ情報」通知、変更協議義務が施行 | 国土交通省 |
| 2025年12月12日 | 改正建設業法が全面施行(内訳明示の努力義務化など) | 国土交通省 |
| 2026年4月下旬 | 資材高騰・調達難に関する緊急実態調査公表と大臣要望 | 全建・日建連 |
| 2026年5月25日 | 中東情勢を踏まえたGメン1000人体制の重点調査表明 | 政府(首相記者会見) |
| 2026年6〜7月 | 建設会社172社を対象とする重点聞き取り調査の実施 | 国土交通省(建設Gメン) |
| 2026年9月10日 | 政府WGにて重点調査結果の報告、商慣習是正を指示 | 内閣官房・国土交通省 |
調査結果から判明した違反実態と3つの指導類型
調査の結果、中東情勢を直接の理由とした価格転嫁や工期変更の協議拒否といった明確な違法行為そのものは確認されませんでした。しかし、対象となった172社のうち約8割を占める138社において、建設業法に違反する、あるいはそのおそれがある不適正な取引行為が判明し、是正指導が行われました。
指導内容は、1社で複数の項目に該当するケースを含め、大きく3つの類型に分類されます。
【建設Gメン重点調査 指導実績の内訳(対象172社中138社に指導)】
┌─────────────────────────────────────────────────────────────┐
│ ■ 見積もり関連の不備:115社 │
│ ・材料費や労務費の内訳明示の不備 │
│ ・工事施工における見積条件提示の不備 │
├─────────────────────────────────────────────────────────────┤
│ ■ 契約書関連の不備:69社 │
│ ・建設業法第19条に規定された法定記載事項15項目の欠落 │
│ ・工事着工前の書面契約未締結、書面不交付 │
├─────────────────────────────────────────────────────────────┤
│ ■ 価格転嫁・変更条項関連の不備:22社 │
│ ・契約書における請負代金や工期の変更方法に関する条項の不備 │
│ ・物価変動に伴うスライド条項の未設定 │
└─────────────────────────────────────────────────────────────┘
最も指導件数が多かったのは「見積もり関連」の115社です。2025年12月12日に全面施行された改正建設業法では、工事の請負契約締結に先立ち、材料費、労務費、その他の経費を明確に区分して見積書に内訳明示することが努力義務として規定されました。しかし、従来通りの「工事一式」表記や、内訳の根拠が不明瞭な見積書の作成が依然として常態化している実態が確認されました。
次いで多かったのが「契約書関連」の69社です。建設業法第19条第1項では、工事内容、請負代金の額、工期、支払方法など法定記載事項15項目を書面(または法令に適合する電子契約)に記載し、相互に交付することが義務付けられています。この記載事項の一部が脱落していたり、工事着工後に契約書を交わす「後追契約」が散見されました。
さらに「価格転嫁関連」では22社が指導を受けました。建設業法第19条第1項第8号および第9号では、天災その他不可抗力による工期の変更や損害の負担、物価変動等に基づく請負代金や工期の変更方法を契約書に記載することが定められています。この変更規定が欠落している、あるいは「原則として変更しない」といった一方的な特約を付している事例が指摘されています。
なぜ「見積もりの不備」が価格転嫁を阻害するのか
国土交通省が今回の調査結果において注意喚起しているのが、「見積もり段階の不備が、結果として受注者の価格転嫁を自ら阻害している」という構造的な問題です。
建設資材の価格が高騰した場合、請負契約の相手方(元請企業または施主・発注者)に対して代金の増額協議を申し出る必要があります。しかし、契約当初の見積書において「どの資材を、いくらの単価で、どれだけの数量見込んでいたのか」という前提条件が明示されていなければ、資材価格の上昇によってどれだけの追加負担が発生しているのかを客観的に証明することができません。
【見積もり不備が招く価格転嫁協議の破綻構図】
[不適正な見積もり実務]
当初見積書が「外壁改修工事一式 〇〇〇万円」と記載
(使用材料の規格、基準単価、必要数量、作業人工の内訳が不可視)
↓
[突発的な資材高騰の発生]
石油化学系原料の高騰により、ウレタン防水材の仕入値が40%上昇
↓
[価格転嫁の協議申し入れ]
下請会社「材料費が暴騰したため、請負金額を200万円増額してほしい」
↓
[発注者・元請企業の対応]
発注者側「当初見積書に材料費がいくら含まれていたのか分からない。
高騰分が200万円になる根拠を示せなければ、社内決裁も施主交渉も通せない」
↓
[結果:協議の停滞・自己負担]
エビデンス不足により価格転嫁が認められず、施工会社が損失を抱え込む
当初見積もりの段階で材料費、労務費、法定福利費、安全衛生経費などの内訳が詳細に示されていれば、「当初想定していたウレタン樹脂の基準単価が市場高騰により何割上昇し、工事全体でこれだけの差額が生じる」という客観的な説明が可能となります。しかし内訳が欠落している場合、発注者側としても増額を認めるための社内稟議や施主への説明がつかず、結果として協議そのものが難航、あるいは拒否される原因となります。
また、2024年12月施行の改正建設業法で導入された「契約前の通知義務(おそれ情報通知制度)」を活用する上でも、見積もり条件の明確化は必須要件です。契約締結前に資材高騰や調達遅延のリスク(おそれ)をあらかじめ書面等で通知し、将来の価格変動リスクを契約当事者間で共有しておく運用が求められていますが、見積書の仕様や前提条件が曖昧なままではリスク情報の通知自体が機能しないことになります。
参考記事: 見積条件書とは?建設業法が定める法定14項目と実務での提示ルールを徹底解説
業界各層における実務への影響と対応策
建設Gメンによる重点調査で8割もの企業に不適正行為が認められた事実は、元請、下請、そしてITベンダーに至るまで、建設サプライチェーン全体に実務運用の再構築を迫るものとなっています。
ゼネコン(元請企業):契約管理体制のデジタル化と施主交渉力の強化
ゼネコン各社にとって、下請企業との契約関係におけるコンプライアンス遵守は喫緊の経営課題です。下請企業から提出された「一式見積もり」を安易に容認して契約を結んでいたり、契約書面を工事着工前に交わしていなかったりする場合、今後は建設業法令違反として建設Gメンによる立入検査や是正勧告の対象となる可能性が高まります。
さらに、下請契約の不備は対施主(民間発注者)との関係においても深刻な不利益をもたらします。民間建築工事において資材価格が高騰した際、施主に対して設計変更や請負代金の増額協議を行うためには、下請企業からの積算根拠を束ねた精緻なエビデンスが不可欠です。下請契約が見積もり内訳を欠いた曖昧な状態にあれば、ゼネコン自身が施主への価格転嫁協議を行う武器を失うことになり、高騰分のコストを元請側で吸収せざるを得ない事態に陥ります。
元請企業は、下請業者に対して改正建設業法に準拠した内訳明示(材料費、労務費、経費)を徹底させる調達フォーマットの標準化を進めるとともに、建設業法第19条の法定15項目を網羅した電子契約システムへの完全移行が求められます。
参考記事: 注文書・注文請書とは?建設業法第19条の記載義務から印紙税まで実務ポイントを解説
サブコン・専門工事業者(下請企業):「一式見積もり」からの脱却と原価データの可視化
専門工事業者にとって、今回の調査結果は「内訳を明示しない見積書の提出は、自社の経営を守る権利を自ら放棄しているに等しい」という警告となっています。
これまで多くの専門工事業者は、過去の施工実績や現場親方の勘に基づき、工種ごとに「一式」で価格を提示する商習慣を続けてきました。しかし、材料費と労務費を区分せず、使用する資材の単価や数量を曖昧にしたままでは、調達価格が想定を超えて急騰した際、元請企業に対して追加費用の負担を正当に要求することができません。
下請企業が自社の利益を確保し、適切な賃上げを実現するためには、以下の実務プロセスの定着が不可欠となります。
- 積算段階において材料費、労務費、法定福利費、現場管理費を明確に切り分ける
- 見積書に施工範囲や前提条件、有効期限を記載した「見積条件書」を必ず添付する
- 資材調達に遅延や価格高騰の兆候がある場合、契約前に「おそれ情報」として書面で元請へ通知する
- 契約締結時には、請負金額や工期の変更手続き(スライド条項等)が約款等に含まれているか確認する
原価データを日常的に蓄積・分析し、数値に基づいた積算をスピーディーに作成できる社内体制を構築することが、今後の下請企業の持続可能性を決定づけます。
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
BIM・施工管理SaaSベンダー:法改正対応をフックとした業務基盤支援の拡大
建設テックおよびSaaSベンダーにとっては、改正建設業法への対応支援を核としたソリューション展開の重要性が一段と高まっています。
調査結果が示す通り、多くの建設会社では法令の理念は理解しつつも、現場実務において内訳明示や法定要件を満たす契約書の作成・管理が追いついていません。特に中小規模の建設企業においては、エクセルや紙の書類による積算・契約管理が続いており、人手不足の中で煩雑な法定記載事項を網羅することが大きな業務負担となっています。
このギャップを埋めるソリューションとして、以下の領域でシステム導入のニーズが加速しています。
- 法定記載事項15項目を自動チェックし、着工前締結をワークフローで統制する建設特化型電子契約システム
- 材料費・労務費・法定福利費をワンクリックで分解・出力できるクラウド型積算・見積作成システム
- 現場での追加変更工事の発生時に、即座に電子合意書を取り交わす施工管理・原価管理プラットフォーム
法改正への適合(コンプライアンス)とバックオフィス業務の効率化(DX)を直結させた提案が、導入企業の経営リスク低減に直結する状況が生まれています。
参考記事: 追加変更工事とは?定義の違いから代金未払いトラブルを防ぐ合意書・電子化のポイントまで解説
ConShiftの視点:商慣習の「エビデンス主義」への強制シフト
今回の調査公表が示唆する本質的な地殻変動は、建設産業の取引構造が「阿吽の呼吸や精神論に基づく慣習的取引」から、「客観的なデータと法規定に裏打ちされたエビデンス主義の取引」へと強制的にシフトし始めた点にあります。
2025年12月12日に全面施行された改正建設業法では、著しく低い見積もりや原価割れ契約の禁止、標準労務費の勧告制度など、建設業の多重下請構造にメスを入れる規制が整いました。しかし、制度が整っても現場の実務が旧来の「一式発注」「口頭合意」「契約書の後追交付」にとどまっていては、どれほど資材が高騰しても価格転嫁を進めることは不可能です。
国土交通省が「協議拒否の明確な違反はゼロであったにもかかわらず、約8割の企業に不適正指導を行った」という事実は、当局の監視の目が「個別の取引トラブル」から「取引を成立させている見積もり・契約プロセスの適法性」へと移っていることを示しています。事前の見積書と契約書に不備があれば、トラブルが起きた際に受注者を保護する法的メカニズム(スライド条項の適用や労務費の確保)が一切作動しないためです。
今後、中東情勢の長期化や為替変動、脱炭素資材への転換などにより、建設資材の調達環境は不確実性を増し続けます。このような環境下では、「原価データの透明化」と「契約条項の厳格な運用」こそが企業の最大のリスク管理策となります。見積もりを精緻化することは、下請企業にとっては自社の適正利益を守る盾となり、元請企業にとっては施主に対する増額交渉の強固な矛となります。
建設業界におけるデジタル化やITツールの導入は、もはや単なる現場の省人化ツールにとどまらず、適正な価格転嫁を実現し、法令違反による企業価値毀損を防ぐための「契約・積算ガバナンスの基盤」として捉え直す必要があります。
明日から取り組むべき3つの実務対応
建設Gメンによる監視体制が強化される中、各企業が直ちに自社の業務フローを見直し、是正を図るための具体的アクションを整理します。
- 自社の標準見積書フォーマットにおける「材料費・労務費の内訳明示」を徹底する
「工事一式」による表記を全廃し、材料費、労務費、法定福利費、安全衛生経費を分離して積算するテンプレートを社内で統一する。外注先や下請企業から提出される見積書についても同様の内訳明示をルール化し、基準を満たさない見積書は再提出を求める体制を構築する。
- 請負契約書における「法定15項目」および「価格変更条項」の記載状況を総点検する
建設業法第19条に定められた法定記載事項が契約書(注文書・注文請書を含む)に網羅されているかリーガルチェックを実施する。特に、物価統制や資材高騰に伴う請負代金の変更方法(スライド条項)や、工期延長の条件が明確に盛り込まれているかを確認し、不備がある場合は基本契約約款の改定を行う。
- 工事着工前の「契約締結」と「おそれ情報通知」の運用フローを厳格化する
書面または認定電子契約システムを用い、必ず工事に着工する前に双方の合意を完了させる運用を徹底する。また、資材の納期遅延や価格高騰の懸念がある工種については、契約締結前の段階で「おそれ情報」を書面等で注文者に通知し、議事録や控えを保存するプロセスを現場管理基準に組み込む。
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
出典: decn.co.jp
出典: 内閣官房副長官補室 第4回 賃上げに向けた中小企業等の活力向上に関するワーキンググループ 配付資料
出典: 国土交通省 建設業法令遵守ポータルサイト
出典: 一般社団法人全国建設業協会
出典: 一般社団法人日本建設業連合会



