厚生労働省は2026年10月1日、労働政策審議会勤労者生活分科会中小企業退職金共済部会を開き、建設業退職金共済(建退共)の掛金上限額引上げおよび技能レベルに応じた金額設定に向けた制度設計の審議を行いました。現行の日額320円単一から、建設キャリアアップシステム(CCUS)の技能レベルに連動させた複数掛金の設定を可能にし、熟練技能者が受取額1,000万円超の退職金を確保できる仕組みの構築を目指します。
建退共制度の見直し経緯と掛金複数化の枠組み
今回の制度見直しは、中小企業退職金共済法(中退法)に定められた掛金日額の上限規定や単一掛金規定の改正を視野に入れたものです。現場を移動しながら働く建設技能者の退職金を他産業並みに引き上げ、若年層の入職促進と熟練者の処遇改善を両立させる狙いがあります。
制度改正に向けたこれまでの議論の推移
建退共の掛金体系見直しと予定運用利回りの改定をめぐっては、2025年以降、厚生労働省の部会や独立行政法人勤労者退職金共済機構(建退共事業本部)の検討会議で段階的に議論が積み重ねられてきました。
| 年月 | 会議・施策 | 主な審議内容・決定事項 |
|---|---|---|
| 2025年3月19日 | 厚労省 中小企業退職金共済部会 | 財政検証結果を公表。CCUS連携強化や技能レベルに応じた複数掛金制度の導入検討を明記。 |
| 2025年4月〜9月 | 建退共制度検討会議(全4回) | 有識者・業界団体が参加。最低1,000万円超の退職金確保や電子ポイント方式の活用を提言。 |
| 2025年9月19日 | 建退共制度検討会議 最終報告書 | 掛金日額上限(現行800円)の引上げや、10円単位での掛金上乗せ制度の導入方針を取りまとめ。 |
| 2026年3月17日 | 厚労省 中小企業退職金共済部会 | 建退共制度の抜本見直しに向けた法改正等の本格検討開始を了承。 |
| 2026年6月30日 | 第93回 中小企業退職金共済部会 | 日建連・全建へのヒアリングを実施。予定運用利回りを年1.3%から年1.5%に引き上げる政令案を了承。 |
| 2026年10月1日 | 第94回 中小企業退職金共済部会 | 予定運用利回り年1.5%施行と同日に開催。掛金上限額引上げと技能連動の制度設計を審議。 |
参考記事: 技能者能力評価基準(レベル判定)とは?評価の仕組みとカード更新の手順を解説
他産業との退職金格差と技能労働者の将来需給
今回の見直しの直接的な根拠となっているのが、製造業やサービス業など他産業と建設技能労働者との間に存在する顕著な退職金格差です。
現行の建退共制度において、掛金日額320円を37年間(年平均250日稼働、計9,250日)納付した場合の退職金支給額は約388万円にとどまります。この水準は、他産業の高卒・37年勤務モデルと比べて大幅に低い水準となっています。
| 業種区分 | 退職金額(高卒・37年勤務モデル) | 建退共現行水準との差額 |
|---|---|---|
| 全産業平均 | 約842万円 | +454万円 |
| サービス業 | 約1,062万円 | +674万円 |
| 卸売・小売業 | 約880万円 | +492万円 |
| 製造業 | 約863万円 | +475万円 |
| 建設技能労働者(建退共現行日額320円) | 約388万円 | 基準(約388万円) |
日本建設業連合会(日建連)が2025年7月に公表した「建設業の長期ビジョン2.0」によると、施策を講じない場合、2035年度には国内の建設技能労働者が約129万人不足すると試算されています。退職金水準の低さは若年層が入職を敬遠する要因となっており、業界団体側からも法改正を伴う抜本的な改善が強く要請されてきました。
2026年6月30日の第93回部会において、日建連の増田昌樹常務執行役は「退職金1,000万円超の確保、将来的には他産業を上回る2,000万円を目指すべき」と述べ、通常国会への法改正案提出を求めています。また、全国建設業協会(全建)の岩野剛業務執行理事も、年収水準の改善とともにCCUSレベル判定を活用した複数掛金制度の創設を主張しました。
電子申請方式への一本化とCCUSレベル連動の仕組み
掛金の引き上げおよび技能レベルに応じた金額設定を実現するための基盤となるのが、CCUSと建退共の電子申請方式(電子ポイント方式)の連携です。
従来の紙の共済手帳に証紙を貼る方式では、職人ごとに異なる金額の掛金を日次で貼り分ける運用は事務処理上困難でした。しかし、技能者が現場のカードリーダーにCCUSカードをタッチして就業履歴を記録し、そのデータを建退共の電子申請システムへAPI連携させる方式であれば、技能者の保有レベルに応じた掛金日額を自動算定して事業主口座から引き落とすことが可能です。
建退共制度検討会議の最終報告書案によると、電子掛け金納付率は現状約6%にとどまっており、厚生労働省と建退共事業本部は2030年度末までに全面電子化を達成する工程表を進めています。
参考記事: 建設キャリアアップシステム(CCUS)とは?2026年完全義務化への対応と導入メリット・登録手順を解説
建設業界の主要プレイヤーに及ぼす実務上の影響
掛金の上限額引き上げと技能レベルに応じた複数掛金化は、元請ゼネコン、専門工事業者、技能労働者の実務と費用負担に直接的な変化をもたらします。
職人・技能労働者:能力評価が直接退職金に反映される構造
現場で働く職人にとって、CCUSのカード色(レベル1:白、レベル2:青、レベル3:銀、レベル4:金)に応じた掛金設定が導入されることは、資格取得や実務経験の積み上げが将来の給付額に直結することを意味します。
現行の一律320円納付では、職長や登録基幹技能者として現場を統括するレベル4の熟練者であっても、入職1年目のレベル1技能者と将来受け取る退職金の積立ペースは変わりませんでした。新制度下でレベルに応じた上乗せ納付が適用されれば、30年以上のキャリアを通じて1,000万円超の受取額を目指すことが可能となり、スキルアップに対する金銭的対価が担保されます。
サブコン・専門工事業者:見積明示と電子ポイント管理の徹底
下請負人となる専門工事業者にとっては、掛金の上昇に伴う法定外福利費・労務費の適正な回収が経営課題となります。
2025年12月12日に施行された改正建設業法では、建退共掛金が見積書に明記すべき必要経費として位置づけられました。自社が雇用する技能者のCCUSレベルを把握し、レベルに応じた掛金日額を積算した上で、元請負人に対して見積書面で確実に請求する手続きが不可欠です。また、自社の納付手続きを従来の証紙貼りから電子ポイント方式へと切り替えない限り、複数掛金の設定に対応できず事務負担が増大するため、社内の労務管理体制を早期に移行させる必要があります。
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
ゼネコン(元請け):入場者のレベル判定確認と法定福利費の積算精緻化
元請ゼネコンには、施工体制台帳の管理および下請負人への代金支払いにおいて、より精緻な労務費管理が求められます。
一次・二次下請の技能者が入場する現場において、誰がどのレベルで就業しているかを現場のCCUSタッチ履歴から把握し、下請から提示された建退共掛金の見積額が適正であるかを照合する運用が必要となります。改正法により著しく低い労務費による契約締結が制限されているため、下請が算出した技能レベル連動の掛金を不当に減額することは法令違反のリスクを伴います。現場入退場システムと建退共システムのデータ連携を前提とした積算フローの再設計が求められます。
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
ConShiftの視点:制度改定が迫る建設労務管理のデジタル統合
建退共の掛金上限引き上げと技能レベル連動は、従来の「日雇い・移動就業者に対する一律の社会保障」から、「CCUSデータを基盤とした客観的な職能給・職能退職金制度」への転換を意味します。
これまで建退共の証紙方式は、現場事務や経理において購入・現物交付の確認に多くの工数を要し、適切な日数が交付されない、あるいは下請へ現物交付された後の実態が追跡できないといった不透明さが指摘されてきました。掛金額が日額320円の単一から技能レベル別の変動制に移行した場合、紙の手帳への証紙貼り付け運用を続けることは実質的に不可能です。
企業が取るべき対応は、CCUS登録と電子申請方式への完全移行をコンプライアンス対応としてではなく、積算・原価管理の基盤整備として進めることです。電子納付率が約6%にとどまる現状において、早期に電子ポイント方式へ移行し、勤怠管理システムとCCUS就業履歴を自動連動させた企業は、下請見積の精査や元請への経費請求を自動化できます。
2026年10月1日の予定運用利回り年1.5%施行に続き、中退法の法改正によって掛金日額の上限引上げと複数掛金が導入されれば、労務費の見積・契約実務は大きく変わります。技能者の客観的データを軸に労務費・福利厚生費を積み上げる体制を整えられるかどうかが、下請契約の適正化と熟練労働者の囲い込みにおける競争力を左右します。
まとめ
建退共の掛金見直しは、法改正とCCUS連携を経て段階的に制度化が進められます。施工管理関係者および経営層が明日から進めるべき具体策は以下の通りです。
- 自社の建退共納付方式を確認し、証紙購入方式から電子申請方式(電子ポイント方式)への切り替え手続きを建退共事業本部へ申請する
- 雇用する技能者全員のCCUS登録状況および保有資格を確認し、レベル判定(カード色)の取得・更新申請を実施する
- 改正建設業法に基づく見積実務に合わせ、自社技能者のレベル構成に応じた建退共掛金の積算根拠を標準見積書テンプレートに反映する
出典: 建設通信新聞Digital
出典: 厚生労働省 労働政策審議会勤労者生活分科会中小企業退職金共済部会
出典: 建退共制度検討会議(独立行政法人勤労者退職金共済機構)



