写真整理アプリや現場管理ツールの導入を進めたものの、システムごとにデータが分断されて集計作業が減らない課題に対し、清水建設は2021年から5年を費やした全社データ基盤の整備を2026年秋に完了させます。本社のDX部隊が全国支店を行脚しつつ、現場常駐型エンジニア(FDE)を配置して施工現場の運用とデータウェアハウスを直結させる体制を確立しています。
清水建設の全社データ統合基盤と「FDE」の役割
清水建設が進めるデータ基盤整備は、単一のクラウドツール導入ではなく、基幹システムや現場のIoTセンサー、各種SaaSに点在する施工・労務データを全社規模で集約・統合する取り組みです。2021年に発足した「データ管理グループ」(現・DX経営推進室 先端技術応用部 データマネジメントグループ)が中心となり、5年がかりで段階的に構築を進めてきました。
クラウドDWHとETLを中核とするハイブリッド基盤
同社は当初、データ仮想化プラットフォーム「Denodo」を導入し、散在するデータを物理的に複製せず参照する仕組みから着手しました。しかし、作業員の入退場記録や重機の稼働ログなど日次数千万件規模のデータが流入するにつれてオンプレミス環境の処理が追いつかなくなり、クエリのタイムアウトが頻発する課題に直面しました。
この処理遅延を解決するため、クラウドデータウェアハウス(DWH)の「Snowflake」と国産ETLツール「TROCCO」を組み合わせたハイブリッド基盤へ刷新。基幹データベースから高速かつセキュアにデータを吸い上げ、全社の施工・経営データを即座に分析・可視化できる基盤を2026年秋に完成させる見通しを立てました。
| 構成レイヤー | 採用技術・体制 | 実務上の役割 | 従来の課題と改善 |
|---|---|---|---|
| 統合DWH | Snowflake | 数千万件規模の構造化データの高速処理 | 集計クエリのタイムアウトを解消 |
| パイプライン(ETL) | TROCCO | 社内基幹DBからクラウドへの定期転送 | エンジニア以外の担当者でも内製運用が可能 |
| 仮想統合基盤 | Denodo | 既存レポート資産を活かした論理データ統合 | 物理移行を行わないシステムも横断参照 |
| 実装人材 | FDE(現場配備型エンジニア) | 作業所への直接常駐・業務要件定義 | 本社開発と現場運用の乖離を解消 |
現場とシステムを結ぶ「FDE(現場配備型エンジニア)」の機能
データ基盤を構築しても、施工現場の入力作業が増えたり、実務に役立たないダッシュボードが作られたりすれば基盤は形骸化します。そこで清水建設が導入したのが「FDE(Forward Deployed Engineer、現場配備型エンジニア)」の配置です。
FDEは本社の開発室に閉じこもるのではなく、施工現場や支店の最前線に入り込み、現場監督や職長が直面する運用摩擦を直接吸い上げます。日々の資機材搬入、労務管理、安全点検といった実務フローを理解した上でデータモデルや入力インターフェースを設計するため、現場の負担を増やさずに実効性の高いデータ収集パイプラインを確立できます。
参考記事: 清水建設、15分タイムアウト解消で数千万件の現場データを直結
施工データの全社統合が求められる背景
建設業界では2024年4月に適用された時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、特別条項付きで年720時間以内)以降、現場監督1人あたりの労働時間管理と事務作業の圧縮が義務付けられています。加えて、改正物流効率化法への対応として、都市部の大規模工事現場における搬入車両の待機時間削減や運行管理データの把握が求められています。
メガプロジェクト「Torch Tower」における物流・労務の実態
清水建設がデータ基盤の検証と実証を進める象徴的な現場が、東京駅前に位置する「TOKYO TORCH」の「Torch Tower」建設プロジェクトです。
| プロジェクト項目 | 規模・仕様(公表データ) | 現場管理上のデータ課題 |
|---|---|---|
| 建物規模 | 地上62階・地下4階、高さ約390m | 上層階への揚重計画の過密化 |
| 延べ床面積 | 約55万1,000㎡ | 複数工種の資材搬入ルート交錯 |
| 工期・従事者数 | 工期60カ月、1日最大5,000〜7,000人 | 出役・入退場実績の集計遅延と安全管理負荷 |
| 対策システム | 建設物流DXシステム(2026年9月本格運用) | 搬入車両・揚重機予約データの一元管理 |
Torch Towerのように1日最大7,000人が出役するメガプロジェクトでは、手作業での出退勤管理や車両予約の調整は破綻します。清水建設は2026年9月、同現場において搬入車両と揚重機予約を一元管理する「建設物流DXシステム」の本格運用を開始しました。こうした個別システムから吸い上げられる膨大な運行・労務ログを全社DWHへ直結させることで、現場ごとの工程遅延リスクや待機時間をリアルタイムに検知できる環境を整備しています。
参考記事: 施工管理の4大管理(品質・工程・原価・安全)とは?現場で役立つ実務手順と5大管理・DXへの拡張ポイント
データ基盤完成とFDE配置がもたらす実務上の変化
個別ツール導入から全社データ統合基盤へとステップを移行させたことで、現場の施工管理実務と経営判断の双方において具体的な改善効果が生まれています。
現場監督の手作業集計と二重入力の排除
現場事務所で頻発していた「協力会社からの出役報告書の転記」「月末の安全衛生書類集計」「複数アプリ間での写真や進捗の手作業付け合わせ」といった作業が自動化されます。FDEが現場の入力フローを整理した上で基盤へ直結させているため、現場技術者は現場巡回や品質管理などの本質業務に専念できるようになります。
20億円規模現場の常駐人数を5名から2名へ圧縮
清水建設は、全社共通データ環境(CDE)と自動化技術(AX)を組み合わせ、通常5名を要していた請負金額20億円規模の建築現場を元請け常駐2名で運営する「20億、2人」体制の実装を進めています。
| 改善領域 | 従来の現場運用(5名体制) | データ基盤統合後の運用(2名体制目標) |
|---|---|---|
| 労務・安全管理 | 日報の紙収集、Excel手集計、出役確認 | 入退場ゲート・センサーログの自動集計 |
| 物流・揚重調整 | ホワイトボードや電話による搬入調整 | クラウド予約システム連動、DWHでの待機可視化 |
| 施工検討・検査 | 現場監督が手作業で納まり確認・写真照合 | BIMデータと現場対話ログの連動、AI納まり判定 |
| 管理業務の分担 | すべての管理業務を作業所内で完結 | 定常的な事務・図面検討を支店・本社へ集約 |
現場で生成された施工ログや変更履歴が全社基盤に集約されるため、図面検討や各種報告の作成業務を支店や本社の専門部隊へ切り離すことが可能になり、現場常駐技術者の業務負荷が半減します。
参考記事: 清水建設、20億円現場を常駐2人で運営へ|Forma活用AXで定常業務半減
中小ゼネコンや工務店が現場起点DXを進める手順
清水建設のような大手ゼネコンの大規模投資をそのまま真似ることは難しくても、「現場起点のデータ統合」「ツール間のサイロ化解消」という設計思想は、中堅ゼネコンや地域工務店でも応用可能です。
1. 個別ツールの選定前にデータ連携規格(API)を確認する
工程管理、施工写真、受発注、チャットなど、部署ごとに異なるSaaSを導入した結果、CSVエクスポートと手作業の結合に追われるケースが多く見られます。ツールを選定する際は、単体の操作性だけでなく、外部データベースや他社アプリとAPI経由でデータを自動送受信できるかを優先基準に設定します。
2. 本社主導の押し付けを止め「兼務FDE」を現場に立てる
専門のデータサイエンティストを新規採用できなくても、施工管理の実務に精通し、ITリテラシーが比較的高い若手・中堅の現場監督を「社内FDE(推進担当)」に任命することが有効です。本社のIT部門が現場のルールを一方的に決めるのではなく、社内FDEが現場の運用課題や入力のしづらさを吸い上げ、運用フローを改善する体制を作ります。
3. スモールスタートで仮想統合から着手する
最初から高額なクラウドDWHを構築する必要はありません。まずは日報データや労務データなど、月末の集計負荷が最も高い領域に絞り、BIツールやノーコード連携ツール(ETL)を用いて小規模な可視化ダッシュボードを作成します。現場担当者が「入力したデータが翌朝の業務負荷軽減に直結している」と実感できる成功体験を作ることが定着の鍵となります。
参考記事: 施工管理アプリ(クラウド型)入門|導入メリットと失敗しない選び方を徹底解説
全社データ統合に向けた社内検討ステップ
全社データ管理基盤の整備は、ツールの導入完了がゴールではなく、現場実務で発生するデータを滞りなく集約し、日々の施工管理へ還元する運用の確立が本質です。社内DXを形式的なアプリ導入で終わらせないために、まずは以下のステップから検討を開始してください。
- 現場業務におけるデータ二重入力の棚卸し
現場監督が日報、安全書類、工程表、出来形写真の管理において、同じ数値を複数システムに手入力している箇所を特定し、無駄な入力時間を算出します。 - 自社保有システムの出力インターフェース調査
基幹システム、勤怠管理システム、施工管理アプリがAPI連携やCSV自動出力に対応しているかを確認し、将来的なデータ統合が可能かを評価します。 - 現場ヒアリングを担当する現場実装チームの組成
管理部門のIT担当者だけでなく、現場代理人経験者を含めた小規模なDX推進ユニットを組成し、現場のオペレーションに即した改善要件を定義します。



