清水建設は、アバントグループでDX推進事業を手掛ける株式会社ジールの伴走支援を受け、大規模現場データを高速処理するクラウド型データ基盤を構築した。従来は15分で処理がタイムアウトしていた数千万件規模の構造化データを、分割することなく完遂できる環境を整えた。
清水建設が進める「ハイブリッドデータ基盤」刷新の全容
清水建設は2030年の長期ビジョンとして「スマートイノベーションカンパニー」を掲げ、伝統的な建設技術と先端デジタルの融合を進めている。同社はこれまでも現場業務の効率化やデータドリブン経営に向けたIT投資を継続してきたが、現場から収集されるデータ容量の爆発的な増加に伴い、既存インフラの抜本的な見直しを迫られていた。
仮想統合と物理統合を両立させた新データアーキテクチャ
清水建設は2022年10月、ジールの支援のもとで米Denodo Technologiesのデータ仮想化ソリューション「Denodo」をオンプレミス環境に導入した。この仮想化基盤により、各種業務システムに散在するデータを物理的に1箇所へ複製することなく、ユーザーが必要なデータを取得してBI(ビジネスインテリジェンス)ツールで分析するセルフサービス環境を確立していた。
しかし、建設現場の入退場実績や各種センサーログ、建機稼働データなど、日次で蓄積されるデータが数千万件規模に達するにつれ、オンプレミスの仮想化基盤単体では処理能力が限界に達した。特に複雑なクエリを実行した際、15分の処理時間上限によってタイムアウトが発生し、担当者が手作業で対象期間を絞り込んだり、データを小分けにして抽出したりする非効率な運用が発生していた。
さらに、全社システム基盤の「Amazon Web Services(AWS)」への移行が進む中、クラウドネイティブなデータウェアハウス(DWH)を中核に据えたアーキテクチャへの刷新が不可欠となった。
そこで同社は、既存のDenodoによる仮想統合環境を残しつつ、物理統合を担うクラウド基盤を併設するハイブリッド構成の導入を決定した。基盤の中核には、大規模な構造化データの分散並列処理に長け、SQLベースで柔軟に運用できるAIデータクラウド「Snowflake」を採用した。
各業務データベースからSnowflakeへのデータパイプラインには、株式会社primeNumberが提供する国産クラウドETLサービス「TROCCO」を導入した。TROCCOの直感的なUI(ユーザーインターフェース)による内製化のしやすさや、大容量データの高速転送能力が選定の決め手となった。また、オンプレミスの基幹データベース(Oracle Databaseなど)からセキュアかつ高速にデータを吸い上げるため、TROCCOの「Self-Hosted Runner」機能を組み込んでいる。
| 構成要素 | 採用ソリューション | 主な役割と機能 | 刷新による改善効果 |
|---|---|---|---|
| クラウドDWH | Snowflake | 大規模構造化データの物理集約と高速クエリ処理 | 従来15分でタイムアウトしていた処理を分割なしで完遂 |
| データ転送・ETL | TROCCO | オンプレミス社内DBからクラウドへの夜間バッチ転送 | 直感的なUIによりエンジニア以外でもパイプライン内製化が可能に |
| ハイブリッド連携 | Self-Hosted Runner | 社内プライベートネットワークとクラウド間の安全な連携 | オンプレミス資産(Oracle DB等)を秘匿性を保ったまま高速抽出 |
| 既存データ仮想化 | Denodo | 物理複製を行わない論理データ統合とBIツール連携 | 既存のレポート資産を活かしつつ物理DWHと適材適所で併用 |
基盤刷新に至る経緯と時系列
清水建設におけるデータ基盤の進化は、中期的な経営戦略およびDX戦略と密接に連動して進められてきた。
| 年月 | 出来事・マイルストーン | 取り組みの詳細と背景 |
|---|---|---|
| 2020年 | 中期デジタル戦略2020策定 | 「Shimz デジタルゼネコン」を掲げデータ活用推進を明文化 |
| 2022年10月 | データ仮想化基盤(Denodo)本稼働 | オンプレミス環境で仮想統合基盤を構築。BI利活用を開始 |
| 2024年4月 | 建設業の時間外労働上限規制が適用 | 労務管理や現場稼働の精密な実績把握が急務に |
| 2024年7月 | 「中期DX戦略〈2024-2026〉」発表 | 社長直轄組織設置と「デジタル活用人財」2,000名育成を策定 |
| 2025年4月 | 新クラウドデータ基盤の構築プロジェクト開始 | ジール伴走のもとSnowflakeおよびTROCCOの導入に着手 |
| 2025年8月 | 新データ基盤が本稼働(カットオーバー) | 物理統合と仮想統合のハイブリッド運用により処理遅延を解消 |
| 2026年6月23日 | ジールおよびprimeNumberが導入事例を公表 | 数千万件の処理完遂と現場主導のDX拡大成果を対外発表 |
新基盤の稼働により、夜間バッチ処理でオンプレミスの基幹データをTROCCO経由でSnowflakeへ転送し、現場部門が必要な粒度で事前集計されたデータテーブルを即座に参照できる環境が実現した。現場担当者はクエリのタイムアウトやエラーを気にすることなく、必要な指標をタイムリーにダッシュボードへ描画できるようになった。
参考記事: 清水建設、生成AI正答率93%達成と3000人展開に見る現場主導DX
2024年問題と現場データの急増が突きつけた処理能力の限界
清水建設がデータ基盤の刷新に踏み切った背景には、建設業界全体が直面する労務管理の厳格化と、施工現場におけるデジタルデバイスの急増がある。
労働環境の是正と厳格な実績管理の要請
2024年4月1日、改正労働基準法に基づく時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、特別条項付きでも年720時間以内など)が建設業に対しても罰則付きで適用された。建設業は他産業に比べて長時間労働が常態化しており、国土交通省の公表データによると、2023年度の建設業の年間平均労働時間は2,018時間と、全産業平均を62時間上回っていた。
さらに、総務省の「労働力調査」および国土交通省の資料によれば、建設業就業者数はピーク時(1997年度)の685万人から2022年度には479万人へと約30%減少し、2024年時点でも就業者の36.7%が55歳以上、29歳以下は11.7%に留まるなど急速な高齢化が進んでいる。限られた人員で施工計画を遅延なく完遂するためには、現場ごとの労務状況をリアルタイムに把握し、無理や無駄のない人員配置を迅速に下す必要があった。
清水建設では、作業所ごとの作業員入退場記録や協力会社の出役データ、技術者の時間外労働実績などを可視化するダッシュボード運用を進めていた。しかし、全国に展開する多数の作業所から吸い上げられるデータ量は膨大であり、月末月初や特定の集計タイミングになるとオンプレミスの仮想化基盤に過大な負荷が集中していた。集計が途中で止まる事態は、労務管理や是正措置の遅れに直結するため、処理能力の抜本的な向上が急務となっていた。
施工現場のIoT化と建機稼働データの肥大化
もう一つの要因は、施工現場における各種IoTセンサーや建機のテレマティクスデータの爆発的な増加である。
近年、清水建設はトンネル工事や土木現場において、重機の自動運転や切羽の3次元計測システムなど先端施工技術の実装を積極的に推し進めている。これらの現場では、油圧ショベルやダンプトラックの稼働時間、アイドリング時間、燃料消費量、GPS位置情報などのテレマティクスデータが秒単位・分単位で生成される。
従来のオンプレミス基盤では、こうした高頻度かつ大容量の時系列データを長期にわたって蓄積・統合し、複数現場間で横断比較するような高度な集計処理を安定して回すことが困難であった。結果として、現場監督が表計算ソフトにデータをエクスポートして手作業でグラフ化するなど、本来の施工管理業務を圧迫する本末転倒な状況を生んでいた。
清水建設 DX経営推進室 先端技術応用部 データマネジメントグループ グループ長の半田貴志氏は、メディアの取材に対し「大容量データを迅速に処理する仕組みが必要になっていた」「現場担当者自身が改善サイクルを回せる環境を整えることで、小さな成功体験を積み重ねながら全社に広げる」と言及している。今回の刷新は、単なる情報システム部門のサーバーリプレイスではなく、現場監督が日常業務の中で自らデータを使い倒せる環境を取り戻すための必然的な投資であった。
参考記事: 建機テレマティクスとは?市場予測からデータ統合・TCO削減効果まで徹底解説
建設業界の主要プレイヤーに及ぼす波及効果
データ処理インフラのクラウド刷新とハイブリッド運用の確立は、元請けゼネコンの組織体制から現場管理者、さらには建機レンタルなどのサプライチェーン全体に直接的な影響を及ぼす。
元請けゼネコン:部分最適ツールの乱立を脱し全社横断基盤へ移行
これまで多くの大手・準大手ゼネコンでは、現場ごとに異なる施工管理SaaSやチャットツール、入退場管理アプリが個別に導入され、データが散逸する「SaaSのサイロ化」が課題となっていた。ダッシュボードを作ってもデータソースがバラバラで更新頻度も合わず、全社視点でのリアルタイムな経営判断には結びつきにくかった。
清水建設が示した「Snowflake+TROCCO+仮想化基盤」によるハイブリッドアプローチは、オンプレミスに眠る基幹データとクラウドSaaSのデータを統合するための現実的なモデルケースとなる。基盤側でデータの抽出・変換・集約を自動化できれば、本社経営層は全国の作業所の稼働率やコスト進捗、安全衛生状況をタイムラグなく把握できる。個別最適のツール導入にとどまっていたDX投資を、全社的な収益性向上とガバナンス強化へと直結させる動きが他社でも加速する。
現場監督・施工管理者:集計作業のタイムアウト解消と意思決定の即応化
現場監督や施工管理者にとって、日常的なデータ集計における「15分のタイムアウト」や「データの小分け作業」が解消された意義は極めて大きい。
これまでは、入退場ゲートの通過ログを集計して当日の適正配置を確認しようとしても、クエリの実行に長時間を要したりエラーで中断されたりしていた。基盤刷新後は、数千万件の実績データであっても数秒から十数秒で集計が完了するため、朝礼後のわずかな時間で作業員の配置状況や特定工種の過密状態を把握できる。
また、建機のアイドリング時間や稼働実績の集計が自動化されたことで、現場監督は日報作成やエクセル作業から解放される。集計された客観的な数値を基に、協力会社との工程調整や重機の適正台数の見直しなど、品質管理や安全管理というコア業務に集中できるようになる。
参考記事: 施工管理アプリ(クラウド型)入門|導入メリットと失敗しない選び方を徹底解説
建機メーカー・レンタル業者:テレマティクス連携と機材配置の最適化
元請けゼネコンのデータ基盤がクラウド上で強固になることは、建機メーカーやレンタル事業者との連携関係にも大きな変化をもたらす。
従来、建機から送信される稼働ログ(稼働時間、燃費、警告灯の作動状況など)は、各メーカー独自のクラウドポータル上で個別に閲覧されるケースが多かった。しかし元請け側のデータパイプラインが整えば、APIやファイル連携を通じて元請けのSnowflake基盤へ直接データを取り込み、施工計画や気象データ、配車スケジュールと掛け合わせた高度な分析が可能になる。
これにより、過剰な重機手配の防止、稼働率に基づいた機材の早期返却、予防保全データの共有による現場トラブルの未然防止が実現する。建機レンタル事業者にとっては、単に機材を貸し出すだけでなく、テレマティクスデータを元請けの基盤へスムーズに連携・供給できるかどうかが、選定における重要な競争優位性となっていく。
参考記事: 清水建設、2台のLiDARでトンネル余掘り削減し肌落ちリスク排除
ConShiftの視点:建設DXは「可視化」から「AI-Readyなデータ基盤」へ
清水建設の今回の取り組みは、建設業界におけるデジタル活用の力点が、BIツール等による「単なる可視化」のフェーズから、大規模データを高速処理してAIや自律施工へ繋げる「データエンジニアリング基盤の整備」フェーズへ完全にシフトしたことを示している。
可視化の行き詰まりと「物理統合」への回帰
多くの建設企業が推進してきた初期のDXは、現場の紙帳票を電子化し、BIツールで見やすいグラフを作成することに注力していた。この段階では、既存システムに手を加えず接続できる「データ仮想化」が手軽で有効な手段と見なされていた。
しかし、扱うデータが数千万件規模に達し、建機センサーやLiDARの点群データ、画像データといった重厚な実績ログが日常的に流入するようになると、仮想化による論理統合だけではネットワーク帯域や計算リソースの限界を突破できない。清水建設が既存のDenodoを活かしつつ、物理的にデータを蓄積・処理するSnowflakeを導入した決断は、データ活用の深度が増した企業が必ず直面する「仮想統合の限界」に対する極めて実践的な解である。
現場主導で自律的に業務改善を回すためには、ストレスのないレスポンス速度が絶対条件となる。処理が止まるインフラでは、現場のデータ活用文化は育たない。
生成AI・フィジカルAI実装の成否を分ける基盤の品質
今後、建設DXの主戦場となるのは、生成AIを活用した技術文書の検索・自動生成や、施工ロボット・重機自律運転を支える「フィジカルAI」の実装である。清水建設自身も、2026年7月に開催された技術フォーラム等において、生成AIの社内展開や人型ロボットの現場実証を公表している。
AIが現場で実用的な精度を発揮するためには、学習や推論の元となる施工実績、労務データ、機械ログが正確かつリアルタイムに整理された「AI-Ready」な状態になっていなければならない。どれほど高度なLLM(大規模言語モデル)やアルゴリズムを導入しても、背後にあるデータ基盤が分断され、集計に15分以上かかるようでは現場の自律制御や即時判断には使えない。
清水建設のクラウドデータ基盤刷新は、将来的なAIエージェントの現場常駐や施工自動化を見据え、その計算・データ供給パイプラインを先行して強固にした動きと評価できる。
参考記事: 清水建設、55歳以上37%の建設現場へ人型ロボ協調基盤を提唱
まとめ:現場起点のデータ活用を推進するための具体的アクション
大容量データを高速に処理できるインフラの整備は、スーパーゼネコンだけの専有事項ではない。自社のデータ活用を現場の生産性向上に直結させるため、建設企業の経営層やDX推進担当者が明日から意識すべきアクションを整理する。
- 自社システムの「処理遅延とデータ分断」の実態を把握する
現場監督やバックオフィス担当者が、日常業務でどのようなデータ抽出・集計を行っているかを調査する。エクセルでの手作業による分割処理や、夜間バッチの遅延、ツールのタイムアウトによる作業中断が発生していないか、現場の隠れたタイムロスを洗い出すことが改善の第一歩となる。
- データの「仮想統合」と「物理統合」を適材適所で使い分ける
すべてのデータをいきなりクラウドDWHに集約する必要はない。参照頻度が低く散在しているデータは仮想化技術で柔軟に繋ぎ、現場の意思決定に直結する大容量の実績ログや高頻度クエリが発生する領域にはSnowflake等のクラウドDWHを物理配置するなど、現実的なハイブリッド構成を検討する。
- 内製化を阻まないETLツールの選定とデータ連携の標準化を進める
データパイプラインの構築・修正を都度外部ベンダーに全面委託していては、現場の急な集計ニーズに対応できない。直感的なUIを持ち、社内エンジニアや現場寄りの担当者がノーコード・ローコードで設定を変更できるTROCCOのようなツールを選定し、社内にデータ運用の自走体制を構築する。
出典: BUILT
出典: primeNumber
出典: ジール プレスリリース(PR TIMES)
出典: ITmedia エンタープライズ
出典: IT Leaders



