日立製作所の社内AIコミュニティ「AIカフェ」第10回において、清水建設の古川慧氏が現場主導で生成AIを定着させる組織変革と技術実装の知見を語りました。一品生産という制約を抱える建設業において、PoC(概念実証)の壁を越えて約3,000人規模の全社展開と施工自動化への展望を切り拓いた実践プロセスは、全産業のDX推進における重要な示唆を含んでいます。
日立製作所「AIカフェ」第10回と清水建設の実践プロセス
2026年7月30日、アンドドット株式会社の企画運営支援のもと、株式会社日立製作所の全社横断型コミュニティ「AIカフェ」第10回がオンライン開催されました。ゲストとして登壇した清水建設株式会社 NOVAREイノベーションセンター AI共創グループ グループコンダクターの古川慧氏は、「建設業界の最前線から学ぶ、AI活用のリアル」をテーマに、現場定着に向けた泥臭いアプローチと将来展望を明かしました。
「AIカフェ」第10回の概要と登壇関係者
日立製作所の「AIカフェ」は、約500名のリーダー向け研修後の継続学習の場として発足し、月1回の昼休みに外部のトップランナーを招聘して知見を共有するオープンな社内プラットフォームです。第10回となる今回は、製造業と並びDXの難易度が高いとされる建設業の最前線事例が共有されました。
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 開催日時 | 2026年7月30日(オンラインライブ配信) |
| 講演テーマ | 建設業界の最前線から学ぶ、AI活用のリアル(建設現場に生成AIを根付かせる仕組みづくり) |
| 登壇ゲスト | 清水建設株式会社 NOVAREイノベーションセンター AI共創グループ 古川 慧 氏 |
| モデレーター | アンドドット株式会社 代表取締役 茨木 雄太 氏、日立製作所 営業企画統括本部 大山 友和 氏 |
| 企画運営支援 | アンドドット株式会社(コミュニティ運営、外部有識者選定、ファシリテーション) |
清水建設が乗り越えた「技術の壁」と「組織の壁」
清水建設における生成AI活用の取り組みは、2023年春のRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)技術検証から本格化しました。膨大な施工管理基準や社内技術文書をAIに参照させ、現場の疑問に即答するシステムの構築を目指したものの、初期段階では大きな障壁に直面しました。
建設現場の技術文書には、複雑な図面、施工写真、特有の単位表記や数値データが混在しています。汎用的なAIモデルではこれらを正しく解釈できず、初期テスト(50問)の正答率はわずか35%に留まりました。現場からは「使えないツール」という烙印を押されかねない危機的状況でした。
この「技術の壁」を突破するため、古川氏らのチームは外部のAI開発パートナーとの共創体制を構築しました。建設ドメインに特化したプロンプトエンジニアリングや検索アルゴリズムの最適化を重ねた結果、正答率を93%まで向上させることに成功しました。
| フェーズ | 取り組み内容 | 達成指標・直面した課題 |
|---|---|---|
| 2023年春(検証初期) | 施工系技術文書を対象としたRAGシステムの構築検証 | 50問のテストで正答率35%にとどまり、技術的な限界に直面 |
| 技術改善期 | 外部パートナーとの共創開発による検索・回答エンジンの最適化 | 建設特有の図面・数値データの解釈精度を高め正答率93%を達成 |
| 現場トライアル期 | 特定支店・現場でのパイロット運用とフィードバック収集 | 利用申請の煩雑さや現場と推進組織の温度差(組織の壁)が顕在化 |
| 全社定着期 | ハンズオンセミナー、社内SNS、社内ハッカソンの継続展開 | 約3,000人規模の全社展開を完了。自発的な業務改善文化が醸成 |
単なるツール配布を超えた「定着施策」の重層的展開
精度改善と並行して立ちふさがったのが「組織の壁」でした。多忙を極める現場監督にとって、新しいツールの習得は追加の業務負担と受け取られがちです。また、厳格なセキュリティ規定による利用申請のハードルの高さも、現場の自発的な利用を阻む要因となっていました。
清水建設は、トップダウンによる利用障壁の除去(申請プロセスの簡素化やセキュリティガイドラインの整備)を進めると同時に、ボトムアップの仲間づくりを重層的に仕掛けました。
1. 体験型のハンズオンセミナー
ツールの使い方を一方的に解説するのではなく、現場監督が日常的に抱える書類作成や仕様書検索の課題をその場で解決する実践型ワークショップを開催しました。「自分の実務が15分短縮された」という具体的な成功体験を積み重ねることで、現場の抵抗感を解消しました。
2. 社内SNSを通じたプロンプト共有コミュニティ
現場で効果の高かったプロンプト(指示文)や活用アイデアを社員同士が投稿・共有できる社内コミュニティを立ち上げました。日常的なコミュニケーションの中で成功事例が横展開される環境を整えました。
3. 現場課題を起点とする社内ハッカソンの開催
現場の技術者、本社のAI開発チーム、外部ベンダーが混成チームを組み、短期間で現場課題を解決するプロトタイプを作り上げるハッカソンを実施しました。現場監督自身が「課題を提示する当事者」から「AIを活用して業務を再設計する変革者」へと意識を変える契機となりました。
参考記事: 矢作建設が2026年8月にAI共同開発を開始|独自工法の積算効率化へ
建設業界の主要プレイヤーに及ぼす波及効果
清水建設が日立製作所の「AIカフェ」で明かした実装知見は、一企業の枠を超え、元請けゼネコン、現場監督、ITベンダーのそれぞれに業務構造の再考を促しています。
ゼネコン(元請け):PoCから「カルチャー変革」への投資シフト
これまで多くの大手・準大手ゼネコンにおける生成AI投資は、先端技術部門による「PoC(概念実証)」にとどまっていました。しかし、清水建設の事例が示すように、AIの価値を最大化するボトルネックはアルゴリズムそのものではなく、現場への「定着プロセス」にあります。
元請け各社の経営陣は、単なるソフトウェアライセンスの購入予算だけでなく、社内コミュニティの運営、教育研修、ハッカソンなどの「組織文化の変革」に対するリソース配分を加速させる必要があります。現場が日常的にAIを使い倒す土壌を作れるか否かが、今後の生産性格差に直結します。
現場監督・施工管理者:ツール利用者から「プロンプト変革者」への進化
2024年4月の時間外労働上限規制の適用以降、施工管理現場では抜本的な業務時間短縮が求められています。生成AIの全社定着は、現場監督を「書類作成や検索に追われる作業者」から解放し、工程管理や安全管理といったコア業務に集中させる環境を生み出します。
さらに、社内ハッカソンなどを通じて「現場の暗黙知をプロンプトやデータとして言語化するスキル」を身につけた現場リーダーは、社内DXを牽引する人材として高く評価されるようになります。AIリテラシーは施工管理者のキャリアにおける差別化要因となります。
BIM・施工管理SaaSベンダー:「完成品販売」から「現場伴走型共創」への転換
建設テックベンダーやSaaS企業にとって、単体ツールの売り切り型ビジネスモデルは転換期を迎えています。一品生産である建設現場の業務は複雑であり、汎用的なパッケージを導入するだけでは実務の定着に至りません。
ベンダーには、ゼネコン社内のAI推進チームや現場に深く入り込み、ドメイン特有のフィードバックを受けながら精度をチューニングする「伴走型の共創開発」が求められます。顧客組織のコミュニティ運営やリテラシー向上まで支援できるベンダーが、市場での強固なポジションを確立します。
参考記事: 建設業働き方改革加速化プログラムとは?2024年適用後の3本柱と現場の対応手順を解説
ConShiftの視点|外付けDXから「AX(AIトランスフォーメーション)」への構造転換
清水建設の取り組みが示している本質は、建設DXの重心が「外部ツールの導入による局所的効率化」から、AIを前提として組織と業務を再構築する「AX(AIトランスフォーメーション)」へと不可逆的に移行した点にあります。
【建設AXへの進化プロセス】
[従来の建設DX]
市販SaaS・ツールの外付け導入 ──> 個別業務(書類・写真)のデジタル化(局所最適)
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[清水建設が実践する建設AX]
組織文化の変革(ハッカソン・共創) ──> 生成AIの全社定着(正答率93%)
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[将来の施工自律化]
BIM・デジタルツイン連動 ──> フィジカルAI・ロボットによる施工自動化
事務作業の効率化の先に広がる「フィジカルAIと施工自動化」
古川氏の講演でも触れられた通り、生成AIによる書類作成や図面検索の効率化は、建設AXの第一歩に過ぎません。その先に見据えられているのは、生成AI・大規模モデルが現実空間のロボットや重機を制御する「フィジカルAI」との融合です。
清水建設では、BIMデータから構造解析モデルを自動生成する技術や、山岳トンネルにおける自動吹付けシステムの開発など、データと物理空間を接続する技術開発を並行して推進しています。テキストや図面を理解する生成AIが、現場の三次元データ(BIMや点群)を解釈し、自律型ロボットへ施工指示を直接送る未来の施工環境が現実味を帯びています。
参考記事: 清水建設、55歳以上37%の建設現場へ人型ロボ協調基盤を提唱
参考記事: 清水建設、FEM解析モデル生成を3日に短縮!設計変更の即時反映を実現
参考記事: 清水建設ら5社、トンネル自動吹付けで切羽作業ゼロと時間5%短縮を実証
異業種コミュニティとの協創が拓くレガシー産業の再定義
日立製作所の「AIカフェ」に清水建設が登壇したという事実自体が、産業の垣根を越えた知見共有の重要性を物語っています。製造業やIT企業であっても、現場へのAI定着や組織の意識改革には共通の壁が存在します。
自社の枠組みに閉じこもる自前主義を脱し、他産業のAI推進コミュニティや外部パートナーと連携してオープンに知見を循環させる企業こそが、次世代の建設生産システムの標準を握ることになります。
参考記事: 東京ミッドタウン八重洲でロボ4台が稼働、ビルOS対応が受注力に直結|
明日から現場と経営が意識すべき3つのアクション
生成AIを一過性のブームで終わらせず、自社の競争力へと昇華させるために、経営層や現場リーダーが直ちに着手すべき実務的なアクションを整理します。
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現場業務における「言語化可能な暗黙知」を棚卸しする
施工計画の策定、安全書類の作成、過去トラブルの照会など、現場監督の経験に依存している業務をリストアップします。どのデータがRAGの学習ソースになり得るかを特定し、社内文書のデジタル化と構造化を進めます。 -
ツールの「利用率」ではなく「小さな成功体験の数」をKPIに設定する
全社一斉のツール強制導入を避け、意欲的な支店や現場を対象としたハンズオンを実施します。「AIを使って書類作成時間が半分になった」という現場目線の成功事例を定量的に収集し、社内SNS等で共有する仕組みを整えます。 -
現場とエンジニアが直接対話する「社内ハッカソン」を企画する
IT部門主導の開発体制を改め、現場の若手技術者と社内外のAIエンジニアが協働して課題解決を図る場を設計します。現場のリアルな困りごとをアジャイルにプロトタイプ化する文化を社内に根付かせます。

