大林組は社長直轄の調達本部を中心に、主要資材の調達権限を全社・支店・現場の3階層へ再編し、AIを組み込んだ集中調達の対象を従来の4品目から16品目へと拡大した。着工前に調達現場会議を開いて役割を分担し、労務費比率の高い工種を現場調達に残すことで、購買プロセスの標準化と現場の業務効率化を両立させている。
調達本部設置から3年の軌跡と調達プロセスの再設計
大林組は2023年10月に社長直轄組織として「調達本部」を新設した。従来は各本支店や各工事作業所が個別に担っていた資材調達や専門工事会社の手配について、全社レベルでの企画立案機能と主要資材の直接調達機能を一元化した体制である。
本取り組みは、PwCコンサルティング合同会社をパートナーとして推進されている。資材価格の急激な変動や供給制約が続く中、調達を単なるコスト削減の手段から、企業の収益性と供給網の安定性を担保する中核機能へ転換することが主眼に置かれた。
調達本部の発足に伴い、大林組は「調達業務ポリシー」を策定した。従来の購買判断基準で重視されがちだった単価の多寡だけでなく、品質、納期、供給力、各種リスクを総合的に評価し、協力会社との共存共栄を図る指針を定めている。
3階層の調達権限分離と対象品目の拡大推移
集中調達の導入にあたっては、すべての品目を一律に本部へ集約する手法は採られていない。大林組は調達の決定権限を「調達本部」「本店・支店」「現場」の3階層に明確に切り分ける運用を採用した。
発足当初は鉄骨工事、杭工事、アルミカーテンウォールなど、全社的なスケールメリットが働きやすく調達難易度が高い4品目・工事を対象にスタートした。運用ノウハウの蓄積とデータ基盤の整備に伴い、対象は16の品目・工事へと拡張されている。
| 調達区分 | 主な決定権限者 | 対象品目・工事の選定基準 | 実務上の役割と責任 |
|---|---|---|---|
| 本部調達 | 調達本部 | 鉄骨、杭、アルミサッシ等の基幹16品目 | 全社契約、大口価格交渉、長期枠の確保 |
| 支店調達 | 東京・大阪本店、各地の支店 | 地域性の強い地場資材、広域手配資材 | エリア内での業者選定、地域単価の適正化 |
| 現場調達 | 各工事作業所(作業所長) | 労務費比率の高い工種、突発的な調達資材 | 施工体制に直結する手配、現場実態に応じた調整 |
権限区分を決定する主要な指標は、工種に含まれる「労務費比率」である。材料費比率が高い資材は調達本部が集約交渉を行う一方で、躯体や内装など職人の配置や工程の進捗に左右される工種は、現場ごとの機動性を重視して作業所の調達権限に残されている。
着工前「調達現場会議」による業務摩擦の排除
調達の集約を進める組織で頻発する課題が、本部と施工現場における責任分担の曖昧化や、現場の自主性低下による摩擦である。現場側が「本部が選定した業者では工程が守れない」と不満を抱く一方、本部側は「現場が個別に割高な発注を行っている」と対立する構図が生じやすい。
大林組はこの摩擦を回避するため、工事着工前に「調達現場会議」を実施するフローを定着させた。プロジェクトごとに調達本部、支店担当者、現場代理人が一堂に会し、どの品目を本部契約とし、どの工事を現場権限で発注するかを事前に協議・合意する。
この事前調整により、現場監督は着工直後の過密な時期に資材の見積もり比較や価格交渉に追われる負担が軽減される。本部にとっても現場の工期条件や敷地制約を反映した調達枠組みを設計できるため、全社最適と現場の円滑な着工が両立する体制が整えられた。
参考記事: 【週間サマリー】10/05〜10/11|現場完結主義の制度的限界とデータ統制への移行
積算見積・サプライヤーポータルへのAI実装とデータ標準化
調達プロセスの集約と並行して進められているのが、積算見積から契約までのデータ標準化とAIの業務組み込みである。過去の実績データが各現場や支店の見積書・手書きメモに分散していた状態を解消し、品目コードや工事仕様のマスターデータを全社で統一した。
サプライヤーポータルによる取引情報のリアルタイム共有
大林組は、協力会社とのコミュニケーション窓口を電子化・集約する「サプライヤーポータル」の構築を進めている。電話、FAX、個別メールに依存していた引き合い、見積提出、内諾、契約締結のフローを単一のポータル上に統合する計画である。
このポータルにより、協力会社側は自社の受注余力や保有技能者数、見積根拠を登録し、大林組側は全社でどの協力会社にどの程度の施工負荷がかかっているかを把握できるようになる。特定業者への発注偏重や、繁忙期における職人不足による工期遅延リスクを未然に察知する基盤として機能する。
積算見積プロセスへのAI組み込み
データ標準化が完了した領域から、積算見積業務へのAI実装が順次進められている。従来の積算業務では、ベテラン社員が図面と特記仕様書を読み解き、過去の歩掛や市況単価を手作業で参照しながら見積書を作成していたため、膨大な工数を要していた。
AIを活用した新プロセスでは、仕様条件や必要数量の入力に対し、過去の類似施工実績や直近の集中調達単価を参照した基準見積が提示される。これにより、積算担当者は定型的な数値入力や単価確認から解放され、施工難度の高い特殊工種のコスト精査や、協力会社との条件交渉といった判断業務に注力できるようになる。
大林組ではこれまでにも、設計初期の法令調査をAIで約67%削減する取り組みや、国内全現場のCO2排出量を自動集計する基盤の整備など、特定領域のデータを構造化してAIで処理するモデルを確立してきた。調達領域におけるAI組み込みも、これら先行事例と同様に、社内に散在していた暗黙知をデータ化して組織的に再活用するアプローチに位置づけられる。
参考記事: 大林組、生成AIで法令調査を67%削減|設計手戻りを防ぐDX手法
参考記事: 大林組、Scope1の99.7%占める全現場でCO2を一元管理|脱炭素の要諦
建設サプライチェーン各層における実務オペレーションへの波及
大林組の調達改革は、大手ゼネコン内部の業務効率化にとどまらず、施工管理者、専門工事業者、建材サプライヤーの取引形態に具体的な影響を与える。
ゼネコン(元請け):原価管理のタイムラグ解消と全社スケールメリットの確保
元請けゼネコンにとって、調達機能の本部集約は原価管理の精度を抜本的に変える。各現場が個別に購買を行っていた体制では、資材単価や外注費の着地点が契約締結後や工事後半になるまで経営層に見えにくく、資材価格の急騰がそのまま採算悪化につながっていた。
調達本部が主要16品目を全店規模でまとめ買い・先行確保することで、メーカーに対する価格交渉力が高まるだけでなく、全社の原価確定時期が着工前へと前倒しされる。また、地域ごとの購入単価のバラつきが是正され、全国展開するプロジェクト全体での収益予見性が向上する。
参考記事: 国土交通省、370兆円の戦略投資に向け27年度から建設供給力強化へ
現場監督・施工管理者:購買・見積業務の負荷低減と工程・安全管理への集中
現場代理人や工事係にとって、資材メーカーや協力会社との相見積もり取得、値引き交渉、発注書作成は、施工管理業務の中でも特に大きな時間的負担となっていた。時間外労働の上限規制が適用される中、購買実務の肥大化は現場技術者の長時間労働の直接的要因となっていた。
主要資材の手配が調達本部の集中契約に移行したことで、現場監督は仕様のすり合わせや数量確認、納期の現場受け入れ調整に業務を絞り込むことができる。見積比較や契約手続きの工数が圧縮された分、躯体精度や納まりの確認、日々の安全衛生管理、作業員との打ち合わせといった本来の現場管理に工数を再配分する運用が可能となる。
建材メーカー・専門工事業者:単なる価格競争から供給力・リスクを含む総合評価へ
下請け・サプライヤー側にとっては、営業窓口と評価基準の変化が取引環境に直結する。各現場の所長ごとに異なっていた発注ルールや関係性に基づく取引から、全社統一の調達ポリシーに基づく取引へとシフトするためである。
大林組の調達業務ポリシーでは、最低価格提示者への機械的な発注を排し、納期遵守率、過去の施工品質、労務供給力、BCP対応力などを総合的にスコアリングする体制が取られている。供給能力や安全管理体制の整った優良な協力会社にとっては、特定現場の一過性の受注に終わらず、長期的な施工枠の確保や安定的な取引継続につながる環境となる。
参考記事: 国土交通省のAI導入推進|中小導入率15.9%から現場事務を削減する手法:
ConShiftの視点:現場裁量主義の脱却とAIによる取引ガバナンスの確立
大林組の調達改革が示す本質的な変化は、長年続いてきた「各現場による個別最適・都度交渉」という現場完結主義から、「データとAIに裏付けられた全社一元管理」への構造転換である。
現場完結型調達が抱えていたガバナンスと原価の限界
従来の建設業において、現場代理人に購買権限を大幅に委譲する現場裁量主義は、突発的な工期短縮や予期せぬ設計変更に柔軟に対応するための有効な仕組みとして機能してきた。しかし、この手法は以下の構造的弱点を抱えていた。
- 現場ごとの購買量が小さいため、資材メーカーに対する価格交渉力が分散する
- 見積査定の妥当性が個々の現場監督の経験値に依存し、適正原価の検証がブラックボックス化する
- 特定の協力会社への発注依存や契約手続きの遅延など、コンプライアンスおよびガバナンス上のリスクを本社がリアルタイムで検知できない
大林組が3年をかけて調達権限を3階層に再編し、着工前の「調達現場会議」を制度化したことは、現場の機動性を奪わずに本社のガバナンスを効かせる実務的な解を示している。労務費比率の高い工種を現場権限に残す切り分けは、現場の事情を無視した無理な集中化による失敗を防ぐ上で極めて合理的な判断といえる。
AIとポータル連携がもたらす下請取引の透明化
今後の焦点となる積算見積へのAI組み込みとサプライヤーポータルの本格稼働は、建設業界における取引の透明性を一段引き上げる要因となる。
改正建設業法に基づく標準労務費の明示や労務費交渉の適正化が義務づけられる中、見積の歩掛や資材価格がデータ化されていれば、不当に低い単価での発注をシステム上で自動的に検知・抑制できる。AIが提示する客観的な市場相場や過去実績データを介在させることで、元請・下請双方にとって納得感のある契約形成が可能になる。
集中調達の対象が4品目から16品目へ拡大した事実は、資材だけでなく一部の専門工事領域まで全社統制の網が広がりつつあることを物語っている。購買データを一元管理し、AIによって取引判断を迅速化できるゼネコンと、現場任せの都度発注から脱却できないゼネコンとの間には、資材確保力と収益性の双方において今後さらに大きな差が生じることになる。
明日から現場と経営層が取り組むべき調達体制の最適化
大林組の事例を踏まえ、他ゼネコンや工務店の経営層、施工管理者が自社の調達プロセスを見直すための具体的なアクションを整理する。
- 自社が発注する主要工種・資材の「材料費比率」と「労務費比率」を算定する
集中購買に適した資材と現場手配に残すべき工種を切り分けるため、直近の完成工事データから比率を分析する。材料費比率が7割を超える工種(鉄骨、杭、外壁パネル、設備機器など)を抽出し、支店や全社での一括価格交渉の対象候補としてリストアップする。
- 着工前の社内見積検討会に「調達分担の決定」を正式プロセスとして組み込む
現場着工後に購買トラブルが発生するのを防ぐため、実行予算策定の段階で、どの品目を本社・支店手配とし、どの工種を現場監督が手配するかを文書で合意する運用を開始する。これにより、着工直後の現場監督の相見積もり工数を削減する。
- 見積書や取引履歴の品目コード・仕様名称の標準化に着手する
将来的なAI活用やデータ分析を見据え、現場ごとに異なるフォーマットで作成されている見積書や請求書の内訳項目を統一マスターとして定義する。品目名や規格、数量単位の表記揺れをなくすことが、調達高度化の不可欠な前提作業となる。



