国土交通省不動産・建設経済局の伊勢尚史建設業課長は、元請と下請の二者間にとどまらず発注者から資材供給網までを含めた建設業界全体の商慣習是正を推進する方針を明らかにしました。2025年12月に全面施行された改正建設業法に基づく標準労務費の定着を見据え、「人材確保」「事業基盤強化」「商慣習是正」の3本柱を軸とする新たな政策ビジョンの策定を進めます。
伊勢建設業課長が示す取引適正化方針と新ビジョンの策定骨子
国土交通省で大臣官房参事官(建設人材・資材担当)を務め、2026年7月31日付で不動産・建設経済局建設業課長に着任した伊勢尚史氏は、専門紙の取材に対し、建設業の持続可能性向上に向けた行政方針を表明しました。個別の契約関係における原価圧縮といった「個別最適」ではなく、発注者、元請ゼネコン、専門工事業者、資材サプライヤーに至るサプライチェーン全体を見渡した構造改革を進める姿勢を強調しています。
総務省の労働力調査によると、2024年時点における建設業就業者数は477万人まで減少し、全産業に占める割合は7.03%となっています。55歳以上の就業者が36.7%を占める一方で、29歳以下の若年層は11.7%にとどまっており、将来的な技術承継と施工力の維持には、技能労働者が適正な賃金を得られる収益環境の整備が避けられません。伊勢氏は、適切な労働分配と設備投資を行える「しっかり稼げる事業環境」の整備を政策面から後押しする考えを示しました。
| 項目 | 伊勢建設業課長の施策方針 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 政策検討枠組み | 持続的な成長産業としての建設業のあり方に関する検討会 | 人材確保、事業基盤強化、商慣習是正の3領域で施策を具体化 |
| 労務費対策 | 中央建設業審議会が勧告した標準労務費の現場定着 | 13職種99工種の基準額を下回るダンピング契約の排除 |
| 価格転嫁支援 | 原材料・労務費の変動に対する適正な協議環境の整備 | 契約前における「おそれ情報」通知と価格変更協議の徹底 |
| 規制対象範囲 | 発注者・元請・下請・資材メーカーを含む供給網全体 | 重層下請構造における不当な値引きや工期圧縮の根絶 |
国交省は「持続的な成長産業としての建設業のあり方に関する検討会」を通じ、現場技能者への適正な利益還元と健全な再生産構造の構築を制度面から支える方針です。
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
建設サプライチェーン各層に及ぶ実務への影響
国交省がサプライチェーン全体を視野に入れた商慣習の是正を進める方針を示したことで、元請、専門工事業者、施主それぞれの取引実務には直接的な見直しが求められます。
ゼネコン(元請け):個別最適の原価抑制から共存共栄の調達へ転換
元請ゼネコンは、自社の請負採算を確保するために下請工事費を一方的に査定する旧来の調達手法を改める必要があります。中央建設業審議会が定めた標準労務費を下回る見積提示の要請や、法定福利費を削った指値発注は、建設業法違反として行政指導の対象となります。
下請企業や資材サプライヤーから提出される見積内容を精査し、労務費や資材価格の高騰要因を正確に反映した契約を結ぶ体制が求められます。サプライチェーン全体で透明性の高い積算根拠を共有できなければ、技能労働者不足による施工班の調達難に直結します。
サブコン・専門工事業者(下請け):材工分離による根拠明示と労務費の還元
専門工事業者は、従来の材工一式による積算から脱却し、所要人工数と単価を分けた「材工分離見積書」を作成する実務能力が不可欠となります。標準労務費の基準に即した客観的なエビデンスを元請へ提示することで、不当な減額要求を退け、適正な利潤を確保しやすくなります。
元請から確保した労務費原資については、雇用する職人や下位下請への支払いに確実に反映させなければなりません。資材高騰や賃金改善を理由に増額を取り付けながら、現場の技能労働者へ還元せず自社マージンに留め置く行為は、取引実態調査において是正の対象となります。
発注者・デベロッパー(施主):適正工期と労務費確保を前提とした予算編成
民間発注者やデベロッパーに対しても、元請に提示する発注条件が末端の施工現場に及ぼす影響を考慮した判断が求められます。著しく短い工期での発注は適正工期確保規定に、労務費基準を著しく下回る発注や原価割れ契約は労務費・取引規制に抵触します。
契約締結前に元請から示される資材高騰リスクなどの「おそれ情報」に対し、誠実に価格変更協議に応じる努力義務が課されています。適正な費用と工期を担保しない発注は、工事遅延や施工品質の低下を招くリスクとして跳ね返ることになります。
参考記事: [国土交通省が13職種99工種の標準労務費割れ契約を排除へ|社名公表も実施](https://conshift.net/2026/10/23/post-1471/)
参考記事: [国土交通省が6051者調査を拡充|標準労務費違反に公表リスク](https://conshift.net/2026/10/23/post-1463/)
ConShiftの視点:労務費の固定原価化と取引透明性の担保
伊勢建設業課長が表明した方針は、建設産業の評価軸が「自社単独のコスト削減」から「サプライチェーン全体での取引透明性と持続可能性の担保」へ構造的に移行した実態を反映しています。前職で建設人材と資材の双方を担当した同氏がサプライチェーン全体の商慣習是正に踏み込むことは、労務費がもはや見積調整の余地を持たない「固定原価」として制度的に確立されたことを意味します。
2025年12月12日の改正建設業法全面施行により、中建審が告示した13職種99工種の標準労務費を下回る契約の締結は禁止されました。これに伴い、行政の監視網は単一の元請・下請関係だけでなく、最上流の発注条件から資材流通、末端の職人に至る一連の商流全体へ向けられています。
今後は、価格競争で競合を排除する手法は通用せず、取引先と適正な労務費を合意し、省力化工法やデジタル管理によって実工数を圧縮できる企業がサプライチェーン内で選定されることになります。
まとめ
国土交通省によるサプライチェーン全体の商慣習是正方針を受け、各社は調達と見積の運用基準を速やかに再編する必要があります。明日から意識すべき実務項目は次の3点です。
- 見積書フォーマットの材工分離と法定福利費の内訳明示
労務費、材料費、法定福利費を分離した見積書の作成ルールを社内で統一し、取引先との契約締結時に基準適合性を確認します。
- 自社調達単価と標準労務費基準値の照合
自社が発注または受注している工種について、中建審が勧告した標準労務費との乖離がないか調達部門で総点検を実施します。
- 労務費確保分の技能者賃金への反映状況の記録
元請から適正に受領した労務費が日当単価の引き上げや社会保険納入に正しく反映されているかを客観的データとして管理します。



