国土交通省が実施した調査により、民間発注の建設工事契約において資材価格や労務費の高騰を反映させる契約変更条項の設定割合が約5割にとどまる実態が明らかになりました。2024年12月に施行された改正建設業法で契約変更方法の書面記載が義務付けられたものの、建設企業が請け負った元請工事での設定率は54.9%と前年度調査から5.3ポイント低下しています。
改正建設業法施行後も進まぬ条項設定の実態
国土交通省による令和7年度調査の結果
国土交通省は、2026年1月1日時点の実態を把握するため「適正な工期設定等による働き方改革の推進に関する調査(令和7年度/2025年度調査)」を実施しました。この調査は、2024年12月13日に施行された改正建設業法(第3次担い手3法)に基づき、契約締結時のルール変更が実際の建設市場で機能しているかを検証したものです。
調査結果によると、民間工事を請け負った建設企業(元請業者)のうち、契約書面等に変更条項を「すべてあった」または「おおむねあった」と回答した企業の割合は54.9%でした。法改正前の契約が中心だった前年度(令和6年度/2024年度)調査の60.2%と比較して、5.3ポイント低下する結果となっています。
また、民間発注者側に対する調査においても、契約書等に変更条項を「設けていた」と回答した割合は56.4%(有効回答55社)にとどまり、前年度調査の66.1%(有効回答59社)から約10ポイント下落しました。法規制によって契約条項の明記が義務化された後も、民間市場では物価上昇や労務費の変動リスクを受注者側が背負う固定総額請負の商慣習が色濃く残っている状況が浮き彫りとなっています。
| 調査項目 | 令和6年度(2024年度)調査 | 令和7年度(2025年度)調査 | 対前年変動 |
|---|---|---|---|
| 元請工事での条項設定割合(受注者回答) | 60.2% | 54.9% | 5.3ポイント低下 |
| 契約変更条項の設定割合(民間発注者回答) | 66.1% | 56.4% | 9.7ポイント低下 |
| 協議申出に対し「応じてもらえなかった」割合 | 20.1% | 22.3% | 2.2ポイント悪化 |
法改正の経緯と請負契約に関わる法定義務
建設資材の急激な高騰や技能労働者の人手不足に伴う賃金水準の上昇が続く中、従来の「工事着工後のコスト増加分を受注者がすべて負担する」構造を改めるため、2024年6月に改正建設業法が公布され、同年12月13日に一部規定が施行されました。
| 改正条文 | 規定内容の概要 | 実務上の義務と対象者 |
|---|---|---|
| 建設業法第19条第1項 | 契約書面の法定記載事項の追加 | 請負代金の額又は工期の変更の申出を行う場合の方法を書面に記載する義務 |
| 建設業法第20条の2 | 契約締結前のリスク通知(おそれ情報) | 受注者が資材高騰や工期遅延のリスク要因を事前に通知し注文者が協議に誠実対応する努力義務 |
| 建設業法第18条・第19条の3 | 対等合意原則と不当代金の禁止 | 片務的なリスク押し付けや通常必要と認められる原価に満たない請負代金での契約締結禁止 |
法改正により、契約書面に「工期や請負代金の変更申出の方法」を記載することが明確に義務付けられました。加えて、工事の実施に影響を及ぼす事象(地盤条件の差異、資材の調達難、異常なインフレなど)が発生するおそれがある場合、受注者は契約締結前に発注者へ「おそれ情報」を通知しなければならず、注文者側にはその通知を踏まえた協議に誠実に応じる努力義務が課されています。
しかし、これらの規定が施行された後であっても、民間の建築・土木工事の現場では契約書面の雛形が更新されていなかったり、民間デベロッパーや施主との関係悪化を懸念して変更条項の明記を求められなかったりする事態が継続しています。
参考記事: 見積条件書とは?建設業法が定める法定14項目と実務での提示ルールを徹底解説
協議のテーブルに着けば9割成立という「隠れた交渉機会」
本調査において注目すべきデータは、変更協議の成立率と協議に至るまでのハードルの高さです。
物価高騰などを理由に注文者(発注者や元請)へ請負代金の変更協議を申し出た建設会社のうち、「応じてもらえなかった」と回答した割合は22.3%に上り、前年度の20.1%から悪化しました。依然として発注者側の2割以上が、契約締結後のコスト上昇に対する協議自体を拒絶しています。また、コストが増加したにもかかわらず「注文者への申出を行わなかった」企業も33.9%存在しました。
一方で、実際に協議のテーブルに着くことができた案件に目を向けると、協議が行われた受注者の93.2%(「すべて契約変更された」19.5%、「一部契約変更された」73.7%の合計)で契約代金や工期の変更が成立しています。
| 変更協議の進捗ステータス | 該当割合 | 現場の実情と課題 |
|---|---|---|
| 申出を行ったが応じてもらえなかった | 22.3% | 門前払いや契約条項の不在を理由とした協議拒絶 |
| コスト増加があったが申出を行わなかった | 33.9% | 次期受注への悪影響や関係悪化を恐れた自主的な泣き寝入り |
| 協議が行われ一部契約変更された | 73.7% | エビデンス提示により一定の増額や工期延長を獲得 |
| 協議が行われすべて契約変更された | 19.5% | 事前の条項設定と原価データの整合により満額変更を達成 |
この数値は、契約変更条項を事前に設定し、客観的なデータに基づいて協議さえ開始できれば、発注者側の理解を得て代金転嫁や工期延長を実現できる可能性が高いことを示しています。問題の本質は、「変更協議が成立しないこと」ではなく、「契約条項が設定されていないために協議の入り口にすら立てないこと」や「受注者が報復や失注を恐れて申出を躊躇していること」にあるといえます。
参考記事: 追加変更工事とは?定義の違いから代金未払いトラブルを防ぐ合意書・電子化のポイントまで解説
建設業界各プレイヤーへの具体的な影響
ゼネコン・工務店(元請会社):累積するコスト負担と価格交渉力の二極化
元請として民間工事を手掛けるゼネコンや中小工務店は、資材価格の急激な変動や労務費上昇の影響を直接受ける立場にあります。民間工事において契約変更条項の設定が5割にとどまる現実は、残り半数の工事において想定外の原価上昇分を施工会社側が一方的に吸収し続けていることを意味します。
民間建築プロジェクトは工期が1年以上に及ぶケースも珍しくありません。鉄骨、コンクリート、設備配管などの資材単価が着工時から数割上昇した場合、契約変更条項が存在しなければ、粗利益が消滅するだけでなくプロジェクト全体が赤字に転落します。さらに、下請企業に対しては労務費の適切な引き上げが求められるため、元請会社は「発注者からの増額は得られないが、下請への支払いは増やさなければならない」という深刻な板挟み状態に陥っています。
この状況下で、企業間の二極化が急速に進んでいます。見積条件書を精緻に作成し、改正建設業法を背景に発注者と契約変更条項の合意を勝ち取れる企業は利益を保護できていますが、受注競争を優先して旧来の慣習に甘んじている企業は、竣工を迎えるごとに手元資金を削られる財務リスクを抱えています。
発注者・民間デベロッパー:法令遵守違反リスクと将来的な施工力確保の危機
民間デベロッパー、ハウスメーカー、商業施設開発を手掛ける施主企業などの民間発注者にとって、契約変更条項を設定しない行為は、短期的には「工事費用の予算確定」という財務上のメリットに見える場合があります。
しかし、改正建設業法において第19条の変更方法記載が義務化された今、意図的に条項を排除したり、受注者からの合理的な協議申出を一方的に拒絶したりする行為は、建設業法違反として国土交通省からの指導・勧告の対象となり得ます。コンプライアンスを重視する上場企業や大手不動産会社にとって、下請法や建設業法の法令遵守状況は重大なガバナンスリスクとなります。
さらに、建設業界全体で職人不足と技術者の高齢化が進む中、リスクを受注者へ一方的に押し付ける発注者は、建設会社から敬遠される「選別の対象」となりつつあります。適正な契約変更に応じない施主の案件に対しては、ゼネコンが見積提出を辞退したり、極端なリスクプレミアムを上乗せした高額見積を提示したりする事例が増加しており、長期的には発注者自身の事業計画や施設調達に支障をきたす結果を招きます。
行政・規制当局:指導監督の厳格化と民間市場への踏み込み
国土交通省をはじめとする行政当局にとって、今回の調査結果は危機感を持って受け止められています。2024年4月からの時間外労働上限規制の適用、同年6月の法改正、12月の施行と段階的に法整備を進めてきたにもかかわらず、制度施行後の調査で条項設定率が低下したという事実は、周知徹底だけでは民間商慣習の是正が困難であることを証明したためです。
これにより、行政のスタンスは従来の「制度周知と普及啓発」から、「実地調査と違反行為への直接的な指導監督」へと移行せざるを得ません。公共工事では標準請負契約約款に基づきスライド条項(単品スライド、インフレスライド、全体スライド)の運用が定着していますが、民間工事においては発注者に対する法的強制力が及びにくい側面がありました。
今後は、適正工期設定や価格転嫁を阻害している悪質な民間発注者に対し、建設業法に基づく勧告や企業名公表、業界団体を通じた指導が強化される見込みです。民間市場の適正化なくして建設産業の担い手確保は成し得ないため、行政による監視の目は公共から民間へと本格的に向けられています。
参考記事: 公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)とは?2024年改正の要点と発注者・受注者の実務解説
ConShiftの視点:固定総額請負から変動分担型契約への転換期
「固定総額」の限界とリスク公平分担の制度設計
これまでの日本の民間建設市場では、契約時に合意した総額請負代金を最終金額とし、途中の資材高騰や予期せぬ労務費上昇は施工者が負担する「固定総額請負」が前提とされてきました。この仕組みは、物価や金利が安定し、右肩上がりの経済成長下で労務供給が潤沢であった時代には、発注者の予算管理を容易にする合理的なシステムとして機能していました。
しかし、世界的な資源価格の乱高下、為替変動、そして深刻な人手不足に伴う労務単価の継続的上昇が常態化した現代において、1社の中小ゼネコンや工務店が数十カ月先の原価変動リスクをすべて引き受けることは不可能です。
契約変更条項の設定割合が5割にとどまる現状を打破するためには、従来の「受注者がリスクを被る固定総額請負」から、「客観的データに基づいて変動リスクを公平に分担する変動型契約」への移行が不可欠です。契約書面において「どの指標が何%以上変動した場合に協議を行うか」という閾値をあらかじめ数値化しておくことで、協議開始の心理的・手続き的障壁を大幅に引き下げることができます。
| 契約形態の要素 | 旧来の固定総額請負 | 今後求められるリスク分担型契約 |
|---|---|---|
| 原価変動リスクの所在 | 原則として施工会社が全額自己負担 | 一定基準を超える変動分を発注者と協議・分担 |
| 変更申出の基準 | 曖昧(重大な事情変更等、解釈の余地が大きい) | 物価指数や公表単価の変動幅(例:数%以上)で定量規定 |
| 契約書の記載実務 | 変更条項なし、または発注者優位の片務的文面 | 建設業法第19条に準拠した申出方法・期間の明記 |
| 交渉の性質 | 受注者側からの「泣きつき」「値上げのお願い」 | 契約書と客観的データに基づく「契約上の当然の権利行使」 |
デジタル原価管理によるエビデンス提示が交渉力を左右する
改正建設業法第20条の2に定められた契約締結前の「おそれ情報」通知や、着工後の契約変更協議において、受注者側にも極めて高い説明責任が求められます。単に「資材価格が上がったので増額してください」という主観的な訴えでは、発注者側の社内決裁や株主への説明責任を果たすことができず、協議は決裂します。
前述の調査データが示す通り、協議の場さえ設定できれば9割以上で何らかの増額変更が成立しています。つまり、発注者を納得させるだけの「客観的かつリアルタイムな原価変動エビデンス」を提示できるかどうかが成否の分かれ目となります。
見積・積算プロセスを属人的なエクセル管理からクラウド型の原価管理システムへ刷新し、メーカーからの値上げ通知、業界標準の物価指数データ、現場ごとの日報や歩掛データを紐付けて管理する体制が求められます。「どの工種のどの資材が、契約時と比較して何円乖離したか」を明瞭に可視化し、法改正を後ろ盾にして発注者へ提示できる体制を整えた企業だけが、正当な利益を確保できるようになります。
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
まとめ:適正利潤を確保するために明日から見直すべき実務
民間工事における契約変更条項の設定率が54.9%にとどまり、協議の申出を拒絶されるケースが22.3%存在するという現実は、建設企業の経営を脅かす深刻な問題です。しかし、裏を返せば、適切な手順と根拠を持って協議に臨めば約9割の確率で変更が成立するという事実も示されています。
自社の利益と技術者・技能者の処遇を守るため、明日から以下の実務対応に着手することが求められます。
- 標準契約書の条項および約款の総点検
自社で使用している民間工事請負契約書および注文請書の雛形を確認し、改正建設業法第19条第1項に基づく「請負代金の額又は工期の変更の申出を行う場合の方法」が明記されているかを監査します。条項が存在しない場合は、四会連合協定建築工事請負契約約款などの標準約款に準じた条項を直ちに追加します。
- 見積提出時における「おそれ情報」と前提条件の書面化
契約締結前の見積書提出段階において、主要資材の価格変動リスクや地盤・納期の不確定要素を「見積条件書」として必ず文書化し、発注者へ交付します。法第20条の2に基づく通知を行うことで、着工後に変動が生じた際の協議申出を正当化する法的・手続き的根拠をあらかじめ構築します。
- 原価管理のデジタル化による価格変動データの蓄積
資材高騰や労務単価上昇の影響をリアルタイムに集計・分析できる管理体制を整えます。発注者との変更協議において感情論を排し、公的機関の物価指数や実際の仕入価格の推移を対比させた客観的データを提示できるようにすることで、協議申出の成功率を最大化させます。



