改修現場における古い図面の照合や度重なる手戻り測定は、施工管理者の貴重な時間を奪い、残業を増大させる最大の要因です。空間スキャン技術のMatterport(マーターポート)を活用すれば、現場調査の所要時間を丸1日からわずか2時間へ短縮し、3Dデータの社内内製化や高精度なBIM連携をスムーズに実現できます。
Matterportが変える現況調査とデジタルツインの基礎知識
既存建築物の改修やインフラ補修において、着工前の現況調査(現調)は工事の成否を分ける極めて重要な工程です。しかし、従来の手作業に依存した手法は非効率であり、多くの人的リソースを消費していました。
空間スキャン技術「Matterport」は、この現調業務のプロセスを根底から変革するソリューションとして注目を集めています。
従来の現況調査が抱える3つの構造的課題
従来の現調作業には、現場担当者を悩ませる構造的な課題が3点存在していました。
1点目は、写真撮影と寸法計測に膨大な労力と人数がかかることです。図面が存在しない古い建物や増改築が繰り返された施設では、複数人の技術者が現場に赴き、コンベックスやレーザー距離計を使って1箇所ずつ測らなければなりませんでした。
2点目は、事務所に戻ってからの「手戻り」リスクです。撮影した膨大な写真の整理中に撮り漏れや測り忘れが発覚すると、確認のためだけに再度現地を訪れる無駄が発生します。
3点目は、3Dデータを利活用する際の高い環境ハードルです。従来の地上型3Dレーザースキャナーで取得した点群データを扱うには、数百万円規模の高スペックなワークステーションや高額な専用CADソフトが不可欠でした。さらに、元請けだけでなく発注者や協力会社側にも同様のシステム環境が求められるため、情報共有の輪が広がらない障壁となっていたのです。
Matterportによる3Dスキャンと空間データ化の仕組み
Matterportは、専用の3Dキャプチャカメラを三脚に据え付け、タブレットやスマートフォンのボタンをワンタップするだけで空間全体を撮影できます。専門の測量技師でなくても、360度の高解像度パノラマ画像と高精度な深度データを短時間で自動取得可能です。
取得されたデータはクラウドへ自動アップロードされ、AIによる自動合成処理を経て高精度なデジタルツイン(仮想空間モデル)が構築されます。
クラウド上で生成されたモデルは、空間内を歩き回るように確認できる「ウォークスルー」や、建物を上空から俯瞰したように見渡せる「ドールハウスビュー」として再現されます。画面上で任意の2点間を指定すれば、壁の高さや開口部の幅、梁下のクリアランスなどを誤差数ミリ単位で即座に測定可能です。
点群取得からBIMモデルへつなぐ「Scan to BIM」
Matterportは空間のビジュアル化にとどまらず、設計・施工の基盤データとしても活用できます。取得した空間データからは、点群データ(XYZ座標情報)やOBJファイル、XYZ形式ファイルなどを手軽に出力できます。
これらの点群データをAutodesk RevitやArchiCADといったBIMソフトウェアに取り込むことで、現況の立体モデルを忠実にトレースしてBIM化する「Scan to BIM」が実現します。従来のように手作業でスケッチを起こし、2次元図面を介して3Dモデル化する手間が省けるため、改修工事の設計立ち上げスピードが飛躍的に向上します。
参考記事: 点群データ・3次元測量とは?基礎知識から2次元測量との違い・取得手法の選び方まで解説
従来の手法とMatterportの比較
現場調査の手法について、従来の手作業、地上型レーザースキャナー(TLS)、Matterport Pro3の性能や作業特性を以下の表で整理しました。
| 項目 | 従来の手作業(メジャー・写真) | 地上型レーザースキャナー(TLS) | Matterport Pro3 |
|---|---|---|---|
| 1地点のスキャン速度 | 約5〜10分(手動採寸) | 約2〜3分(約300秒) | 約20秒 |
| 撮影・計測作業の難易度 | 誰でも可能だが個人差が大きい | 測量専門技師の技術が必須 | ボタン操作のみで誰でも可能 |
| データ閲覧・共有環境 | 2D写真・紙の野帳(共有困難) | 高性能PCと専用ソフトが必須 | Webブラウザ・スマホで閲覧可能 |
| 現調後の手戻りリスク | 撮り漏れ・測り忘れが頻発 | 少ないが処理に時間がかかる | 空間全体を記録するため再訪ゼロ |
参考記事: 施工図とは?設計図との違いや手戻りを防ぐ書き方・BIM活用法を解説
建設業界で今「現調の内製化」が求められる背景
現況調査の迅速化と3Dスキャンの内製化が急速に求められている背景には、建設業界が直面する労務管理の激変と、国を挙げたデジタル化施策の加速があります。
時間外労働上限規制の定着と移動時間の削減
建設業界では、時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、特別条項付きでも年720時間以内)が適用されています。違反時には罰則が科されるため、現場担当者の業務効率化は避けて通れない経営課題です。
総務省の労働力調査によると、建設業の就業者数はピーク時(1997年の685万人)から約3割減少し、2023年平均で483万人まで落ち込みました。さらに55歳以上が全体の約36%を占める一方、29歳以下は約12%にすぎず、担い手不足と技術承継の断絶が深刻化しています。
こうしたリソース不足の中で、丸1日を費やす現調作業や、撮り漏れによる再度の現場訪問は、現場監督の残業時間を直接的に押し上げる要因となっていました。現調をわずか2時間に圧縮し、事務所にいながらWeb上で現場確認を完結できる仕組みは、移動時間と拘束時間を削る強力な防壁となります。
国土交通省の施策と「i-Construction 2.0」
国土交通省は2023年4月より、直轄土木業務・工事におけるBIM/CIMの原則適用を開始しました。さらに2024年4月には「i-Construction 2.0」を策定し、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割達成するという明確な目標を打ち出しています。
民間建築分野においても、国土交通省の「建築BIM加速化事業」によって設計・施工段階でのBIMモデル構築に対する補助支援が継続して展開されています。改修工事や既存ストックの長寿命化工事が急増する中、新築時のような完全な設計図書が存在しない現場をいかに素早く3Dデータ化できるかが、施工者の競争力を大きく左右する指標となっているのです。
外注依存から現場担当者による「内製化」への転換
従来の3次元測量は、外注の測量会社や専門の3D計測コンサルタントへ依頼するのが一般的でした。しかし、外注には以下のようなデメリットが伴います。
- 見積もりから日程調整、現地調査、納品までに数週間から1カ月程度のリードタイムを要する
- 1回の調査ごとに数十万円から百万円規模の外注費が発生する
- 現場の工程変更に柔軟なスキャン対応が追いつかない
現場の施工管理者自身が日常的にスキャンを行える内製化体制を整えれば、必要なときに即座にデータを取得できます。工事の進捗段階に応じた定期的なデジタル記録が可能となり、工程管理やトラブル防止の質が飛躍的に高まります。
参考記事: BIM/CIMとは?原則義務化の運用ルールと実務での導入メリット・導入ステップを解説
Matterport導入による定量的・定性的メリット
Matterportの導入は、現調作業の直接的な時間短縮にとどまらず、施工管理業務全体の効率化やコスト削減に寄与します。
現調時間を1日から2時間へ大幅圧縮する定量効果
最大の導入メリットは、現場調査に要する作業時間の大幅な削減です。
鳥取県の地場ゼネコンである美保テクノスでは、旅館改修工事(約160m²)において、従来は手作業で半日から1日(約12時間)を要していた現況測量を、Matterportを活用してわずか2時間で完了させました。作業時間は従来の約6分の1に圧縮されています。
さらに、専用カメラ「Matterport Pro3」の1箇所あたりのスキャン時間は約20秒です。従来の地上型レーザースキャナー(約2〜3分)と比較して約15分の1の速度でスキャンできるため、大規模施設であっても短時間で網羅的なデータ化が完了します。佐賀県の天山酒造では、延床面積5,000m²に及ぶ広大な酒蔵の3Dスキャンを、わずか1日で撮り終えた実績も報告されています。
現場訪問回数75%削減とブラウザ完結の合意形成
Matterportで作成されたデジタルツインはクラウド上に保存され、専用ソフトを持たない関係者でもURLをクリックするだけで現場を閲覧できます。
野原グループの発表資料によると、現場状況をWebブラウザ上で高精度に確認・測距できる環境を構築したことで、以下のような定量的成果が得られています。
- 関係者の現場訪問回数が最大75%減少
- 計画段階のコストを最大75%削減
- 出張旅費および移動時間を約50%削減
現場監督が事務所やテレワーク環境にいながら、職長や設計者、施主と同じ画面を見ながら寸法や納まりの協議を進められます。言葉や2D写真だけでは伝わりにくい立体的な空間把握が容易になり、認識の食い違いによる手戻り工事を未然に防止できます。
先進ゼネコンにおける現場内製化の実践事例
大手ゼネコンの東急建設は、Matterportを本格導入して現場の3Dデータ化を自社スタッフで内製化し、複数現場へ横展開しています。
京急東神奈川駅などの鉄道・インフラ改修現場では、これまで専門技師に委託していたレーザースキャン業務を現場作業員が担当しました。操作が平易なため、特別な教育を受けずとも短時間で習得でき、必要なタイミングで柔軟に現場をデジタル記録できる体制を整えています。
現場の過去と現在をデータとして残すだけでなく、計画3Dモデルと重ね合わせることで「未来の施工状態」を可視化するフロントローディングツールとして実務に定着しています。
参考記事: BIM確認申請とは?2026年運用の図面審査と2029年モデル審査のロードマップを解説
失敗を防ぐMatterport導入とScan to BIMの実践ステップ
Matterportを現場に定着させ、投資対効果を最大化するためには、機材の特性理解と業務フローの標準化が欠かせません。導入を成功に導く4つの実践ステップを解説します。
機種選定と撮影環境の適合性を見極める
Matterportのカメラには、用途に応じた複数のモデルが存在します。自社の主たる現場環境に合わせて適切な機器を選択することが第1歩です。
- Matterport Pro2: 赤外線センサーを搭載した屋内専用機。オフィスビルやマンションの内装現調に適しており、導入コストを抑えたい場合に有効
- Matterport Pro3: 高精度LiDARセンサーを搭載した最新機。直射日光下のアウトドア環境や広大な外構、トンネルや鉄道等のインフラ現場に対応し、最長100mの測定レンジと約20秒の高速スキャンを実現
配管や躯体の計測において、Pro3で作成されたデータの誤差は約3mm程度であり、施工管理や現況BIM作成に十分な実用水準を満たしています。屋外や日当たりの強い現場を扱う場合は、LiDAR搭載のPro3を選択するのが確実です。
現場スキャンの標準化と社内ルール策定
機器を導入しても、撮影者によってデータの品質にバラつきが生じるとBIM連携の効率が落ちます。現場でのスキャンルールを事前にマニュアル化しておくことが重要です。
- 三脚の高さは目線位置(約1.5m)を基準とし、死角になりやすい天井裏や床下は専用延長ポールを活用する
- スキャン地点の間隔は屋内なら1.5m〜2.5m、屋外なら4m〜8mを目安とし、前後の重複率を確保する
- ドアや開口部は開けた状態で固定し、空間のつながりをAIが正しく認識できるようにする
- 鏡面ガラスや強い反射素材がある場合は、アプリ上でミラーマーキングを行い合成エラーを防ぐ
これらの基本ルールを現場スタッフ間で共有すれば、誰が撮影しても高品質な点群データが得られるようになります。
Scan to BIMのモデリング運用を構築する
取得した点群データをBIMモデルへと昇華させるモデリングプロセスの構築が必要です。自社の設計リソースやスキルセットに応じて、以下の2つのアプローチを使い分けます。
- 社内モデリング: Autodesk Revit等のアドイン機能を使い、Matterportから出力した点群(E57形式やXYZ形式)を直接読み込んで社内スタッフが壁・柱・設備をトレースする
- モデリング代行サービスの活用: 野原グループが提供するような「Scan to BIM」代行サービスを利用し、点群データから指定のLOD(詳細度)に応じたBIMモデル(Revit形式等)の作成を外部委託する
内製スキャンによって現調のスピードを確保しつつ、図面化・モデリングの負荷が高い場合は外部サービスを柔軟に組み合わせるハイブリッド運用が、現場の負担を抑える現実解となります。
クラウドを活用した関係者間の情報共有フローを統一する
取得した3Dデータを現場監督のPC内だけに留めていては、DXの効果が半減します。発注者や専門工事業者との連絡ツールとして運用ルールを統一します。
Matterportのクラウド機能には、空間内の特定位置にメモや図面、取扱説明書などのリンクを埋め込める「Mattertag」機能があります。例えば、改修現場の撤去対象配管にタグを付け、指示書や留意事項をクラウド上で直接共有することで、現場での指示出しミスや作業の勘違いを大幅に削減できます。
現場の生産性を高めるための次のアクション
現況調査を1日から2時間に短縮し、現場の3Dデータ化を内製化する取り組みは、2024年4月から施行された働き方改革関連法に対応するための有力な打ち手です。
外注に頼っていた点群取得を現場自らの手で標準業務へと落とし込むことで、工期短縮、再訪手戻りの根絶、そしてBIMモデルへのシームレスなデータ連携が実現します。
まずは社内の改修案件や点検現場を1件選定し、Matterportの実機デモやレンタルを活用して実際の測定時間とデータ精度を検証してみてください。自社の現場オペレーションに即した導入手順を踏むことが、建設DXの確実な第一歩となります。
出典: BUILT
出典: 野原グループ株式会社 プレスリリース
出典: マーターポート株式会社 プレスリリース(美保テクノス事例)
出典: 建設ITワールド
出典: 株式会社アスク(東急建設事例)



