厚生労働省は2026年9月16日、労働政策審議会の労働条件分科会を開き、現行の労働時間規制の見直しに向けた本格的な議論を開始しました。今回の審議は、政府が2026年7月に閣議決定した「日本成長戦略」に基づき、勤務間インターバル制度や変形労働時間制を含む10項目の法制度を対象に検討が進められます。
労働時間規制の再検証が進む政策的背景と10の検討論点
労働時間制度を巡る議論は、2024年4月に建設業や自動車運転業務などへ時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、特別条項適用時で年720時間等)が適用されて以降、新たな局面を迎えています。厚生労働省が今回着手した見直しは、単なる規制緩和や一律の厳格化ではなく、社会経済情勢の変化や産業現場の実態に即した労働環境の再構築を目的としています。
制度見直しに至る経緯とこれまでの動き
政府は2024年4月の時間外労働上限規制の適用後も、有識者による「労働基準関係法制研究会」を通じて課題の整理を継続してきました。2025年1月8日には同研究会が報告書を取りまとめ、労働時間管理の柔軟化と労働者の健康確保を両立するための論点を提示しました。
さらに厚生労働省は、2025年3月の労働政策審議会労働条件分科会において、全国4,921事業所および労働者5,505人を対象とした「労働時間制度等に関する実態調査」の速報値を公表しました。同調査や2026年3月の働き方改革「総点検」結果では、労働者の約9割が労働時間の増加を望んでいない実態が浮き彫りとなる一方、企業側からは繁忙期の繁閑差に柔軟に対応できる制度設計を求める声が強く上がっていました。
これらの議論と実態調査の結果を受け、政府は2026年7月に「日本成長戦略」および「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」を閣議決定しました。その中で「柔軟で多様な働き方を実現するため、労働時間法制等の政策対応について2026年夏以降の労働政策審議会で議論する」旨が明記され、今回の2026年9月16日の分科会開催に至りました。審議会は今後、月2~3回の頻度で会合を開き、具体的な法改正に向けた検討を加速させる方針です。
| 年月日 | 出来事 | 主な内容・決定事項 |
|---|---|---|
| 2024年4月1日 | 猶予事業への上限規制適用 | 建設業等に時間外労働の上限規制(年720時間等)が全面適用。 |
| 2025年1月8日 | 労働基準関係法制研究会 報告書公表 | 労働時間法制や健康確保措置に関する論点整理を完了。 |
| 2025年3月 | 第194回労働条件分科会 | 全国の事業所・労働者を対象とした実態調査速報値を報告。 |
| 2026年3月13日 | 第207回労働条件分科会 | 働き方改革総点検結果を報告。労使間で規制のあり方を協議。 |
| 2026年7月 | 日本成長戦略の閣議決定 | 柔軟な働き方の実現に向け、夏以降の法制見直し議論を明記。 |
| 2026年9月16日 | 労働条件分科会 | 厚生労働省が労働時間規制見直しの本格議論を始動。 |
労働政策審議会で合意された10の検討テーマ
2026年9月16日の分科会において、労使双方および公益委員の間で合意された検討テーマは多岐にわたります。現行の労働基準法が抱える構造的な課題を抽出し、時代に合わせた制度の再設計を図るため、以下の10項目が審議対象として設定されました。
- 勤務間インターバル制度: 終業から次の始業までの休息時間を確保する制度の義務化・普及促進策
- 連続勤務規制: 一定日数以上の連続勤務を抑止し、健康障害を防ぐためのルール設計
- つながらない権利: 勤務時間外の連絡・メール対応を拒否できる権利に関する基準づくり
- 裁量労働制: 成果に応じた働き方を可能にする対象業務の精査および運用の実効性向上
- 変形労働時間制: 繁忙期と閑散期の業務量の偏りに対応するための要件緩和や手続きの見直し
- 副業・兼業: 労働時間管理の通算ルールや過重労働防止に関する実務的ガイドライン
- テレワーク・フレックスタイム制: 場所や時間に縛られない柔軟な勤務形態の制度的支援
- 過半数代表者等: 労使協定の締結当事者となる過半数代表者の選出プロセスの適正化
- 法定休日: 週1日または4週4日の休日取得ルールの見直しと実効性確保
- 年次有給休暇: 確実な年次有給休暇の取得促進および積立保存休暇などの枠組み
労使双方における主な意見と対立点
分科会では、使用者代表(企業側委員)と労働者代表(労働組合側委員)の間で活発な意見交換が行われました。
使用者代表側は、持続的な賃金引き上げを実現するためには原資となる付加価値の向上が不可欠であるとし、裁量労働制の対象拡大や変形労働時間制の柔軟な運用を求めました。特に変形労働時間制に関しては、自社でコントロールが難しい天候要因や納期・工程の変化に対応するため、現行の勤務日・勤務時間設定要件が厳格すぎると指摘し、現場実態を踏まえた実効的な見直しを訴えています。
一方、労働者代表側や日本労働組合総連合会(連合)は、変形労働時間制の緩和に対して強い懸念を表明しました。現行制度でも一定の柔軟な設定は可能であり、さらなる要件緩和は労働者の健康や生活設計に悪影響を与えかねないと主張しています。過労死防止と労働者保護を前提とし、安易な上限規制の緩和には応じられないとする姿勢を明確にしています。
参考記事: 建設業の36協定・時間外労働の上限規制の基礎知識|2024年4月適用ルールと違反リスクを解説
建設業界の各プレイヤーに及ぶ実務への具体的影響
今回の労働時間規制の見直しに向けた議論は、2024年4月の規制適用以降、長時間労働の是正に取り組んできた建設業界のサプライチェーン全体に直接的な影響を及ぼします。
【労働政策審議会の見直し議論】
│
├─► ゼネコン(元請け)
│ ・1年単位の変形労働時間制の見直し(繁忙期対応と工期適正化)
│ ・サプライチェーン全体の労務コンプライアンス管理
│
├─► 現場監督・施工管理者
│ ・勤務間インターバル制・つながらない権利の導入(現場対応の制限)
│ ・間接業務(写真整理・書類作成等)の徹底的なデジタル削減
│
└─► 行政・発注者
・適正工期設定基準の改定および労務費転嫁の指導
・標準労務費やICT活用原則化に伴う調達方針の整合
ゼネコン(元請け):変形労働時間制の弾力化と労務管理基準の再考
ゼネコン各社にとって、10の検討テーマの中で特に直接的な影響を持つのが「変形労働時間制」と「裁量労働制」の行方です。
天候リスクや突発的な工程調整が発生しやすい土木・建築の現場では、1年単位や1か月単位の変形労働時間制を導入している事業所が多く存在します。現行法では、対象期間中の労働日や各日の労働時間を事前に細かく特定する必要があり、工程の突発的な前倒し・遅延が発生した際に臨機応変なシフト変更が難しいという制約がありました。もし変形労働時間制の手続きや要件が実態に合わせて弾力化されれば、天候不順による休止日と晴天時の集中施工をより合理的に組み合わせることが可能になります。
ただし、制度見直しが単なる規制緩和に終わる可能性は低く、労働者の健康確保措置として勤務間インターバル制度や連続勤務規制がセットで義務化・強化される見込みです。元請けとしては、法改正の方向性を見据えつつ、外部環境に左右されない生産性向上体制の確立が不可欠となります。
参考記事: 建設業の2024年問題とは?時間外労働上限規制のポイントと現場が取るべき対策を徹底解説
現場監督・施工管理者:インターバル義務化と「つながらない権利」の実効化
現場監督や施工管理責任者にとって、日々の現場オペレーションを大きく変える可能性があるのが「勤務間インターバル制度」と「つながらない権利」の法制化議論です。
早朝の生コン打設立ち会いや夜間の道路規制工事、さらには竣工間際の検査対応など、現場監督の拘束時間は不規則になりがちです。仮に終業から次の始業までに一定時間(例えば11時間など)の休息を義務付ける勤務間インターバル制度が強化された場合、前日の夜間にトラブル対応を行った現場代理人が翌朝の朝礼に登壇できないケースが生じます。
また、現場事務所を離れた後のスマートフォンへのチャット連絡や電話連絡を抑制する「つながらない権利」が法制化されれば、従来の「現場監督個人の献身的な時間外対応」に依存していた管理体制は完全に崩壊します。書類作成や工事写真の整理、安全書類の確認といった膨大な間接業務を日中の勤務時間内に完結させるため、クラウド型施工管理ツール等の導入による抜本的な効率化がより強く求められます。
参考記事: 施工管理アプリ(クラウド型)入門|導入メリットと失敗しない選び方を徹底解説
行政・発注者:成長戦略と連動した適正工期・調達基準の再編
国土交通省をはじめとする規制当局や公共工事の発注機関は、今回の厚労省における議論と連動し、さらなる発注平準化と適正工期設定の徹底を迫られます。
厚労省側で変形労働時間制や勤務間インターバルの基準が改定されれば、国交省が示す「工期設定の適正化基準」にも直接影響します。
行政側には、経済成長戦略が掲げる生産性向上を後押しするため、遠隔臨場やBIM/CIM原則化の推進など、デジタル技術を前提とした施工管理手法を公共工事調達に一層反映させることが求められます。民間発注者に対しても、法改正に即した工期設定と費用の適正化を指導する動きが強まると考えられます。
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
参考記事: 遠隔臨場とは?現場の立ち会い待ちをゼロにする仕組みと最新ガイドラインの重要ポイント
ConShiftの視点:制度依存からの脱却と現場オペレーションの構造転換
今回の労働政策審議会における議論始動は、これまでの「一律的な時間抑制への消極的対応」から、「産業実態と整合した柔軟な労働制度への再構築」へと政策フェーズが移行したことを示しています。
建設業界は2024年4月の上限規制適用以降、月45時間・年720時間という数字の遵守に奔走してきました。しかし、今回の見直し議論が「日本成長戦略」に端を発している点に留意すべきです。政府の真の狙いは、単なる労働者の保護にとどまらず、制度の柔軟性を高めることで企業の付加価値創出と賃上げを両立させ、マクロ経済の成長を牽引することにあります。
この状況下でゼネコンや工務店が犯してはならない誤謬は、「規制が緩和されて工期管理に余裕ができるかもしれない」という受け身の期待です。仮に変形労働時間制の手続きが緩和されたとしても、労働側の強い主張により、勤務間インターバルや連続勤務規制といった健康確保措置が同時に義務化される可能性が高いからです。結果として、現場オペレーションに求められる制約の総量は減るどころか、質的に高度化します。
したがって、企業が取るべき針路は、制度見直しの行方を待つことではなく、「誰がどの時間帯に勤務しても現場が滞りなく動く省人化・自律型オペレーション」の確立です。時間外労働を前提とする旧来のビジネスモデルから完全に脱却し、デジタルツールを活用した業務の平準化と高収益化体制を先手で構築した企業だけが、将来の法改正を自社の競争優位へと変換できます。
参考記事: 施工管理の4大管理(品質・工程・原価・安全)とは?現場で役立つ実務手順と5大管理・DXへの拡張ポイント
まとめ:激変する法制環境に向けて明日から着手すべき実務
厚生労働省の労働条件分科会で始動した労働時間規制の見直しは、今後の法改正を通じて数年単位で建設現場の管理手法を塗り替えていく長期テーマです。経営層および現場リーダーは、政策の推移を注視しつつ、現行の運用実態を点検し、次世代の労働環境整備を進める必要があります。
明日から社内で着手すべき実務アクションは以下の通りです。
- 現行の変形労働時間制と休日取得実績の棚卸しを実施する
自社の各現場における変形労働時間制の届出状況や運用の形骸化がないかを再点検します。特に雨天・悪天候時の振替休日取得や、繁忙期における連続勤務の実態を可視化し、将来の規制見直し論点と自社のギャップを把握することが急務です。
- 勤務間インターバルと終業後連絡ルールの自主基準を策定する
法制化に先立ち、現場監督の終業から翌日の現場入場までに11時間以上の休息を確保できているかを計測します。あわせて、チャットツール等での夜間・休日の緊急連絡フローを整理し、現場代理人一人に連絡が集中しない当番制や代理連絡体制を構築します。
- 現場事務所での書類作成をゼロにするデジタル化の実行計画を引く
時間規制の枠組みがいかに変更されようとも、現場監督の価値は施工の品質と安全の確保にあります。施工管理アプリによる写真・図面・日報の即時共有や、遠隔臨場の活用による立ち会い時間の削減を徹底し、間接業務にかける時間を物理的に削減する体制へ移行してください。
法制度の議論が動き出した今こそ、法令遵守を目的とした受け身の防衛策から、自社の生産基盤を強靭化する積極的な現場革新へと舵を切ることが求められています。
出典: 調布経済新聞
出典: 建設通信新聞Digital
出典: 日本労働組合総連合会(連合)



