公正取引委員会は2026年9月28日、マンションの大規模修繕工事をめぐり談合を繰り返したとして、設計コンサルタント2社と工事業者40社の計42社に対して独占禁止法違反を認定しました。調査対象となった工事の7割以上で不正な事前調整が確認され、工事業者37社に対して総額16億3788万円の課徴金納付命令が下されたほか、談合が行われた171棟のマンション名が公表されました。
42社関与の談合スキームと公取委による異例のマンション名公表
今回の行政処分は、分譲マンションの大規模修繕工事において、住民の専門知識不足を補う立場にある設計コンサルタントが受注調整を主導していた実態を対象としています。公正取引委員会は、廃業などを除く38社に対して排除措置命令を出し、談合の対象となった関東1都6県のマンション171棟の名称を公表しました。
立入検査から処分決定に至る経緯
国土交通省による過去の注意喚起から、公取委による立入検査、今回の命令発出に至る経緯は次の通りです。
| 年月日 | 主体 | 出来事・手続きの内容 |
|---|---|---|
| 2017年1月27日 | 国土交通省 | 設計コンサルタントと施工業者の癒着やバックマージンに関する注意喚起を通知 |
| 2025年3月4日 | 公正取引委員会 | 独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで工事会社約20社に立ち入り検査を実施 |
| 2026年6月11日 | 公正取引委員会 | 関係各社へ排除措置命令案および課徴金納付命令案の事前通知を送付 |
| 2026年7月28日 | 公正取引委員会 | 東海3県(愛知・岐阜・三重)の大規模修繕に関与したコンサルや施工会社へ立入検査 |
| 2026年9月28日 | 公正取引委員会 | 計42社に違反認定。38社に排除措置命令、37社に計16億3788万円の課徴金納付命令を発出 |
2025年3月の強制調査着手から約1年半を経て正式命令に至りました。2026年7月には東海エリアでも同様の手法に対する強制調査が実施されており、調査の網は全国へ広がっています。
5%のキックバックと「設計監理方式」を悪用した手口
処分の対象となった設計コンサルタントは、リノシスコーポレーション(大阪市)と翔設計(東京都渋谷区)の2社です。両社は遅くとも2021年から2025年3月にかけ、担当した工事の7割以上で受注調整に関与していました。
大規模修繕工事の発注では、設計事務所が仕様策定から施工業者選定の助言、工事監理までを担う「設計監理方式」が広く採用されています。国土交通省の調査でも全体の約8割がこの方式を採用しているとされますが、今回の事案ではこの仕組みが悪用されていました。
コンサルタント2社は、管理組合の修繕積立金残高や予算上限、業者選定の評価基準といった内部情報を特定の工事業者に漏洩させていました。その上で、あらかじめ落札させる「本命業者」を決め、他の参加業者には本命より高い金額で見積書を提出させる「当て馬(ダミー見積もり)」の手続きを指示していました。
見返りとして、コンサルタント2社は受注に成功した工事業者から工事費の約5%に相当する金員をバックマージンとして受領していました。管理組合から支払われる正規のコンサルティングフィーとは別に、施工費から手数料名目で資金を環流させていた形です。
主な工事業者の課徴金額とリーニエンシーの適用
課徴金納付命令の対象となった工事業者のうち、上位企業の納付命令額は数億円規模にのぼります。
| 企業名 | 所在地・区分 | 主な処分内容・課徴金額 |
|---|---|---|
| 伊勝 | 神奈川県 | 課徴金納付命令(約3億8,200万円)、排除措置命令 |
| 長谷工リフォーム | 東京都港区 | 課徴金納付命令(約3億2,900万円)、排除措置命令 |
| 富士防 | 神奈川県 | 課徴金納付命令(約1億3,000万円)、排除措置命令 |
| シミズ・ビルライフケア | 東京都中央区 | 課徴金納付命令(約1億2,900万円)、排除措置命令 |
| YKK APラクシー | 千葉県 | 課徴金減免制度(リーニエンシー)の適用により処分・納付免除 |
工事を直接受注していないリノシスコーポレーションと翔設計のコンサルタント2社には、独占禁止法の規定上、課徴金納付命令は出されていません。工事業者のうちYKK APラクシーは、公取委の調査開始前後に自主申告を行ったため、課徴金減免制度(リーニエンシー)が適用され、課徴金および排除措置命令が全額免除されました。
参考記事: 入札談合と独占禁止法の基礎知識|不当な取引制限の判断基準と発覚時の重大リスク
設計・施工・発注の各プレイヤーに生じる実務上の影響
公取委が対象マンション171棟の名称を公表し、管理組合への違反事実の通知を命じたことにより、修繕工事に関係する各主体の実務には具体的な影響が生じています。
発注者・管理組合:コンサル依存の破綻と監査機能の導入
マンション管理組合では、設計コンサルタントに仕様策定から業者選定までを一任する従来の発注プロセスが機能不全に陥っています。171棟の公表により、自らのマンションが談合対象に含まれていた管理組合では、過去の工事費用の精算や損害賠償請求を検討する動きが出ています。
今後は、単一の設計コンサルタントの評価のみに頼らず、第三者の建築士による見積書査定(セカンドオピニオン)の導入や、公的相談窓口の活用が標準化していきます。理事会が見積内訳書の明細歩掛を直接確認し、疑義がある場合は複数社からのヒアリングを独自に実施するなど、発注者側の検証体制が厳格化しています。
ゼネコン・改修施工会社:営業慣行の是正と積算根拠の開示
改修工事を手がける元請ゼネコンや専門工事業者にとって、設計コンサルタントとの事前調整を前提とした特命受注や輪番的な受注獲得は完全に封じられました。公取委が東海地方など地方都市へも同様の調査を展開しているため、営業部門が他社と連絡を取り合って見積額を擦り合わせる行為は事業継続上の直接リスクとなります。
今後は、コンサルタントから提供された内示額に合わせるのではなく、自社が保有する歩掛データ、労務単価、資材調達コストに直接基づいた原価積算が求められます。発注者側から内訳書の妥当性を問われた際に、工事項目ごとの数量計算書や協力会社からの直接見積もりを客観的証拠として提示できる体制が必須となります。
参考記事: 公正取引委員会の28社一斉捜査が東海へ波及|法令遵守体制の再構築が急務
設計事務所・設計コンサルタント:業務範囲の限定と利益相反防止
設計監理業務を受託する設計事務所は、施工業者選定プロセスの透明化を制度的に担保せざるを得ない状況に置かれています。リノシスコーポレーションや翔設計のように、工事業者から受託手数料やバックマージンを得る行為は独占禁止法上の違法行為を構成する契機となることが確定しました。
設計コンサルタントは、工事業者選定の場から推薦枠や優先交渉権を排除し、純粋な技術的助言と工事監理に業務範囲を絞る必要があります。見積もり比較表を作成する際も、採点基準や各社の評価理由を全項目にわたって文書化し、管理組合に対して利益相反関係がない旨の誓約書を提出する実務手続きが定着しつつあります。
ConShiftの視点:設計監理方式の構造崩壊とデジタル積算への移行
今回の排除措置命令において特筆すべきは、公取委が手抜き工事を認定しなかった点にあります。施工品質そのものに欠陥がなくても、発注プロセスの不透明性をもって16億円超の課徴金と物件名公表という厳しい処分が下されました。
これは、長年続いてきた「談合による高値受注と5%キックバック」という修繕工事の商習慣が制度的に終了したことを意味します。これまで施工業者は、コンサルタントへの営業活動に工数を割き、落札調整に応じることで一定の受注量を維持してきました。しかし、171棟の名前が公表されたことで、管理組合側の監視レベルは過去最高水準に達しています。
この構造変化に伴い、特命随意契約や不透明な相見積もりは急速に淘汰され、デジタルプラットフォームを活用したオープン入札への移行が進みます。クラウド上で内訳データを直接突き合わせ、標準単価や資材相場データと自動照合する仕組みが導入されれば、意図的な当て馬見積もりや中間マージンの上乗せはシステム的に検知されます。
工事業者側に求められる競争軸は、「コンサルタントとの関係性の深さ」から「実データに基づいた原価の低減力と施工管理の正確性」へと完全に切り替わります。
まとめ:工事受注と選定プロセスの透明化に向けた実務対応
大規模修繕工事市場における不透明な受発注取引の排除に対応するため、施工企業が現場および営業部門で着手すべき実務項目を整理します。
- 営業プロセスの通信ログ管理とコンプライアンス点検の義務化
社内の営業担当者が設計コンサルタントや競合他社と行った連絡履歴、見積書提出前の送受信データを定期的に監査し、不当な見積もり調整の依頼を即時に遮断する報告ラインを確立します。
- 自社原価に基づく積算根拠データの文書化と保存
過去の実績値や他社からの依頼金額に依存した積算を全廃し、実行予算と標準歩掛から直接算出した見積内訳書をすべての案件で整備・保管します。
- 業務委託・手数料契約の総点検による利益相反リスクの排除
設計コンサルタントや仲介業者に対して名目を問わず支払っている業務委託費、紹介料、監理支援費などの契約を総点検し、不正な資金還流とみなされる取引関係を解消します。



