改正労働施策総合推進法に基づき、2026年10月1日から顧客や取引先によるカスタマーハラスメント(カスハラ)を防止する雇用管理上の措置が全事業主に義務付けられます。建設業においても施主や近隣住民への対応だけでなく、発注者と受注者、元請と下請の取引関係から生じる不当な要求や暴言への対策が法的に求められます。
改正労働施策総合推進法の施行と建設業に求められる防止措置
2026年10月1日、改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)が施行され、企業には「顧客等からの著しい迷惑行為」から労働者を守る雇用管理上の措置が義務化されました。同日からは求職者に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も同時に義務付けられています。上野賢一郎厚生労働相は施行直前の2026年9月29日の閣議後会見において、すべての事業主に相談体制などの雇用管理上必要な措置を講じることを求め、ハラスメントのない職場環境づくりへの積極的な取り組みを促しました。
厚生労働省の「カスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」では、対象となる行為を「顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容の妥当性に照らして当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。建設現場におけるカスハラは、一般の小売・サービス業とは異なり、近隣住民からの過度な苦情、施主からの契約外作業の強要、さらには発注者・元請による下請事業者への高圧的な指示など、多岐にわたる利害関係の中で発生します。
法改正に至る経緯と義務化スケジュール
今回の法定義務化に至るまで、政府および厚生労働省では段階的な法制化のプロセスが進められてきました。
| 年月日 | 主な動きと決定事項 |
|---|---|
| 2024年12月26日 | 労働政策審議会雇用環境・均等分科会にてカスハラ防止強化の建議をとりまとめ |
| 2025年1月17日 | 国土交通省を含む関係省庁による第1回「カスハラ防止対策推進関係省庁連携会議」開催 |
| 2025年6月4日 | 改正労働施策総合推進法等の改正案が参議院本会議で可決・成立(6月11日公布) |
| 2026年2月26日 | 厚生労働省が「カスタマーハラスメント防止指針」を告示・公表 |
| 2026年10月1日 | 改正法施行、全事業主を対象にカスハラ防止措置および就活セクハラ防止措置が義務化 |
雇用管理上講ずべき5つの具体的措置
厚生労働省の指針に基づき、事業主が講じなければならない措置は以下の5項目に集約されます。
- 事業主の方針の明確化と周知・啓発
カスハラに対する基本方針を策定し、社内規定やホームページ等で社内外に明文化すること。
- 相談体制の整備
労働者が相談できる窓口をあらかじめ設置し、担当者が適切に対応できる体制を構築すること。
- 事後対応の迅速・適切な実施
相談を受けた際、事実関係を速やかに確認し、被害者への配慮措置や行為者への対応を組織として行うこと。
- プライバシー保護と不利益取り扱いの禁止
相談者の個人情報を保護し、相談したことを理由とする解雇や減給などの不利益な取り扱いを禁止すること。
- 他社への協力対応(努力義務)
自社の従業員が他社の従業員に対してカスハラを行ったと疑われる場合、相手先企業からの事実確認等の協力要請に応じるよう努めること。
職場のハラスメント実態とカスハラ該当率
厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」(2024年3月公表)によると、過去3年間に企業が相談を受けたハラスメントのうち、カスハラは27.9%を占めています。さらに、カスハラの相談があった企業のうち、実際にカスハラに該当すると判断した事例があった割合は86.8%に達しています。しかし、迷惑行為を受けた際の現場の対応としては「上司に引き継いだ」(37.4%)に次いで「謝り続けた」(32.1%)が多く、現場担当者の自己犠牲や個人対応に委ねられてきた実態が浮き彫りになっています。
日本労働組合総連合会(連合)の「カスタマー・ハラスメントに関する調査2022」でも、被害内容として「暴言」(55.3%)、「説教など、権威的な態度」(46.7%)が上位を占め、被害者の76.4%が出勤への憂鬱や心身の不調など生活上の悪影響を受けたと回答しています。建設業においても、一般社団法人建設技能人材機構(JAC)が2023年12月1日付で基本方針を公表し、暴言や長時間の電話、不当な要求に対しては対応を中断し法的対応を辞さない姿勢を示すなど、業界内でも組織的対応へのシフトが始まっています。
建設業界の各プレイヤーに生じる実務上の影響
カスハラ防止措置の義務化は、重層的な請負構造と現場ごとの個別性が高い建設業界において、各事業者の実務運用に明確な変更を迫ります。
ゼネコン(元請事業者):対外防衛体制の構築と社内コンプライアンスの刷新
元請であるゼネコンは、対外的な防衛と対内的な統制という2つの側面で実務の再編が求められます。施主や近隣住民からの理不尽な要求に対しては、現場代理人任せにせず、支店や本社法務部が介入するエスカレーションルールを整備する必要があります。約款にカスハラ禁止条項を盛り込み、不当な要求が発生した際には工事の一時中断や契約解除を視野に入れた毅然とした対応方針を確立することが求められます。
同時に、元請から下請事業者に対する言動の管理も厳格化されます。今回の指針では「取引の相手方」からの言動も対象とされており、下請企業に対する度を越えた叱責や、契約外の無償作業の強制、工期逼迫時の人格否定的な言動は、元請によるカスハラとして追及されるリスクを孕みます。ゼネコン各社は、現場管理者が下請技能者に対して行う指示・命令の基準を見直し、パワハラ防止規定と連動させた労務コンプライアンスの再徹底を行わなければなりません。
参考記事: 元請・下請の違いとは?役割・年収の格差から丸投げ禁止のルールまで徹底解説
現場監督・施工管理者:個人対応の負担軽減とエスカレーション機能の活用
これまで現場の最前線で近隣住民の苦情や施主の無理難題を一身に引き受けてきた現場監督にとって、本法改正は業務プロセスの保護策として機能します。近隣対応や施主対応において、相手が怒鳴り込む、長時間拘束する、土下座を要求するといった社会通念を超える行為に直面した場合、「会社の方針に基づき対応を打ち切る」「直ちに上長・法務窓口へ引き継ぐ」という判断を個人の責任ではなく組織のルールとして実行できるようになります。
一方で、現場監督自身が下請の職長や職人に対して不相当な言動を行わないよう、自らのコミュニケーション管理も求められます。工程の遅延や施工不良が発生した局面であっても、感情的な言動や過度な精神的圧迫を排除し、事実に基づいた是正指示を記録として残す管理スタイルへの転換が必須となります。
参考記事: 労働安全衛生法(安衛法)の法体系と現場実務|選任基準から安衛則との違いまで徹底解説
サブコン・専門工事業者(下請企業):不当要求に対する法的後ろ盾の獲得
一次下請から三次以下の専門工事業者に至る下請企業にとって、カスハラ防止措置の義務化は、元請からの不当な圧力を拒絶・通報するための明確な法的後ろ盾となります。見積もりに含まれていない追加工事の無償強要や、理不尽な工程短縮の押し付けに対して、自社の技能者を守るために「ハラスメントに該当する不相当な要求である」として元請側の窓口や公的機関に相談できる体制が整います。
また、下請企業側も自社従業員や一人親方が元請や他工種の作業員から暴言等を受けた際に、即座に事実を吸い上げる社内相談窓口を整える必要があります。技能労働者の離職を防ぎ、定着率を高めるための実質的な安全弁として、相談窓口の周知と迅速な事実確認体制の構築が不可欠です。
参考記事: 重層下請構造とは?ピラミッド型組織の仕組み・背景と現場リスクを徹底解説
ConShiftの視点:下請法・改正建設業法と連動した「商流リスク管理」への転換
改正労働施策総合推進法によるカスハラ防止義務化は、建設業界において単なる「クレーム対策」ではなく、改正建設業法や下請法と地続きの「商流コンプライアンス」として捉える必要があります。
建設業界では長年、受発注者間や元下関係において上下関係が固定化し、現場の技能者や監督が無理難題を呑み込むことで工事を進める商習慣が存在してきました。しかし、改正建設業法による適正な労務費の確保や著しく短い工期の禁止、さらには労基法上の時間外労働規制が稼働している現在、現場への無理な押し付けは即座に法令違反へと直結します。カスハラ防止措置が義務化されたことにより、発注者や元請による「工期短縮の強要」「仕様変更に伴う追加費用の不払い」といった行為は、契約上の不当取引(建設業法違反)であると同時に、労働者の就業環境を害する違法なカスハラとしても二重に指弾されるリスク構造へと変化しました。
企業が取るべき具体的対応は、契約書類への「迷惑行為防止条項」の標準化と、客観的証拠を残すツールの導入です。現場でのやり取りを通話録音アプリやウェアラブルカメラ、施工管理アプリ内のチャット履歴としてデータ化し、不当要求が発生した際には属人的な口論を避け、契約書と記録データを基に組織間協議へと移行させる仕組みを構築しなければなりません。上下関係による従属から、契約と記録に基づく対等なパートナーシップへと取引実務を再設計できた事業者のみが、現場従事者の安全を確保し、持続可能な施工体制を維持できます。
参考記事: 下請法(下請代金支払遅延等防止法)とは?建設業法との違いや対象取引の判定基準をわかりやすく解説
明日から現場と経営が着手すべき対応
2026年10月1日の施行を受け、建設企業の経営層および現場責任者は以下の手順で実務対応を進める必要があります。
- 基本方針の策定と対外公表
自社のカスハラに対する基本方針を策定し、社内規定に盛り込むとともに、自社ウェブサイトや現場掲示板等で社内外に明確に宣言します。大声・暴言・人格否定・不当な工期短縮要求など、許容されない行為の類型を具体的に記載することが重要です。
- 現場用対応マニュアルとエスカレーション手順の策定
施主、近隣住民、元請・下請から理不尽な言動を受けた場合の「現場初期対応」「やり取りの記録手順(録音・メモ作成)」「本社・支店法務への報告ルート」を明文化したマニュアルを作成し、全現場へ配布します。一人で抱え込ませず、即座に組織対応へ切り替えるフローを徹底します。
- 実効性のある相談窓口の設置と周知
労働者や下請従事者が安心して相談できるよう、社内担当窓口または外部の専門機関による相談窓口を設置し、全従業員に連絡先を周知します。相談者のプライバシー保護や不利益取り扱いの禁止を周知徹底し、利用しやすい運用環境を整えます。
出典: decn.co.jp
出典: 厚生労働省(カスタマーハラスメント対策企業マニュアル等)
出典: 厚生労働省(職場のハラスメントに関する実態調査)
出典: 一般社団法人建設技能人材機構(カスタマーハラスメントについて)

の試行について(令和8年8月21日以降に積算にかかる_._-_広島市_hero.webp)

