国土交通省の須藤明夫不動産・建設経済局長は2026年10月2日の就任インタビューで、2025年12月に全面施行された「第三次・担い手3法」に基づき、技能労働者への適正な労務費と賃金の行き渡りを最重要施策として推進する方針を示した。同法全面施行の初年度となる2026年度は、中央建設業審議会が定めた13職種99工種の標準労務費を下回る契約の締結を排除し、サプライチェーン全体での価格転嫁の定着を図る。
第三次担い手3法全面施行を受けた国交省の取引適正化方針
2026年8月7日付で国土交通省の不動産・建設経済局長に着任した須藤明夫氏は、2026年10月2日に開催された建設専門紙記者会主催の就任インタビューにおいて、担い手確保に向けた行政運営の基本方針を明かした。建設産業は激甚化する自然災害からの復旧・復興を担う基盤であり、政府の成長戦略に伴う各種投資を下支えする土台であると位置づけた上で、賃金水準の抜本的な改善と適正な取引環境の確立を急ぐ姿勢を明確にしている。
2026年度は、2024年6月に公布された「第三次・担い手3法(改正建設業法、改正入札契約適正化法、改正公共工事品質確保促進法)」が2025年12月12日に完全施行されてから初めて迎える通年運用年度にあたる。法改正によって中央建設業審議会(中建審)による「標準労務費」の勧告制度が新設され、労務費を著しく低く見積もることや、それを前提とした発注依頼が法的に禁止された。須藤局長は、この新制度の実効性を担保するため、現場の末端に位置する技能労働者まで適正な対価が確実に届いているかを厳格に監視する方針を示した。
| 時期 | 制度・政策の動き | 規制内容と現場実務への影響 |
|---|---|---|
| 2024年6月 | 第三次・担い手3法成立・公布 | 労務費転嫁の協議義務化、工期ダンピング対策の導入 |
| 2024年9月 | 改正建設業法の一部施行 | 中建審への標準労務費勧告権限付与、実態調査権限の新設 |
| 2025年12月 | 改正建設業法が全面施行 | 13職種99工種の標準労務費勧告、原価割れ契約の締結禁止 |
| 2026年8月 | 須藤明夫氏が局長就任 | 地域の守り手としての建設業維持と担い手確保施策を継承 |
| 2026年10月 | 取引実態調査の拡充方針表明 | 建設Gメンの立ち入り強化、労務費行き渡りの監視本格化 |
総務省の労働力調査および国土交通省の調査データによれば、建設業就業者数はピーク時の1997年(685万人)から約30%減少し、2025年時点では約480万人前後で推移している。年齢構成では55歳以上が36.7%を占める一方、29歳以下の若年層は11.7%にとどまり、全産業平均(55歳以上32.4%、29歳以下16.9%)と比較しても高齢化が顕著である。建設業生産労働者の年間平均賃金は432万円であり、全産業平均の508万円に対して約76万円低い水準にある。
公共工事設計労務単価は2013年度から2026年度にかけて14年連続で引き上げられてきたものの、民間工事や下請次数の深い末端の職人までその原資が十分に行き渡っていない実態が指摘されてきた。国交省はこうした歪みを是正するため、2025年度に実施した6,051者を対象とする取引実態調査を2026年度に拡充し、下請指導監査官(建設Gメン)による立ち入り調査を強化する。不当な歩引き(一方的な値引き)や指値発注、標準労務費を割り込む契約が確認された場合には、行政指導や是正勧告に加えて企業名公表を実施する構えである。
あわせて須藤局長は、消費者が優良な事業者を適正に評価できる環境づくりのため、標準管理ガイドラインや管理評価制度の整備を進める方針にも触れた。2027年4月に開始が予定されている新制度「育成就労制度」と特定技能制度の連携強化も見据え、外国人材の適正な受け入れと技術習得を含めた中長期的な担い手育成施策を推進する。
参考記事: 担い手3法(品確法・入契法・建業法)とは?法改正の変遷と実務で押さえるべきポイントを徹底解説
参考記事: 標準労務費の勧告制度とは?2024年建設業法改正で変わる実務と見積・契約のポイント
重層下請構造における労務費管理とプレイヤー別の実務対応
国土交通省による法執行の厳格化と監視の強化は、元請ゼネコンから専門工事業者、現場技能者に至るサプライチェーン全体の契約・原価管理オペレーションに直接的な対応を求めている。
ゼネコン(元請け):標準労務費の内訳確認と指値発注の根絶
元請ゼネコン各社は、下請負人との契約締結時に、見積書に記載された労務費・材料費・法定福利費の内訳を精査し、標準労務費を下回っていないか確認する義務を負う。従来行われてきた「社内予算枠に収めるための指値発注」や「端数切り捨て、歩引き交渉」は、改正建設業法において明確に禁止された行為となる。建設Gメンによる立ち入り調査で違反が発覚した場合、国土交通省からの改善勧告を受けるだけでなく、企業名が公表されるリスクを直接的に負うことになる。
また、民間工事の発注者(施主・デベロッパー)に対しても、中建審が勧告した13職種99工種の標準労務費を根拠として請負代金の適正な設定を求める協議体制が求められる。資材価格の変動や労務単価の上昇分を元請企業単独で吸収することは不可能であり、契約締結前の価格転嫁交渉および変更契約条項の運用が必須実務となる。
サブコン・専門工事業者(下請け):材工分離見積の提示と技能者への還元
一次下請から三次以下の専門工事業者は、従来の慣例であった「材工一式」によるどんぶり勘定の見積もりから完全に脱却しなければならない。工種ごとに必要な歩掛(所要人工数)と標準労務単価を明確に分けた「材工分離見積書」を作成し、元請企業に対して法的根拠をもって適正労務費を請求する積算能力が求められる。内訳が不明瞭な見積書を提示した場合、元請側もコンプライアンス上その金額を承認できず、契約手続きの遅延を招く要因となる。
同時に、元請から適正な労務費原資を確保した専門工事業者は、その増額分を雇用する技能労働者や二次・三次下請への支払いに確実に反映させなければならない。確保した労務費を自社の粗利に留め置き、現場の職人の日当や基本給を引き上げない行為は、行政による取引実態調査で不当な内部留保とみなされる対象となる。
職人・技能労働者:適正労務費の末端反映と処遇改善
重層下請構造の最末端で実施工を担う技能労働者にとっては、法令に裏付けられた労務費の保護によって、日当や賃金の引き上げが具現化する環境が整いつつある。特に日給月給制が主流である職種において、法定福利費の確実な納入と適正工期による週休2日(4週8休)の確保が進むことで、年間を通じた実質収入の安定化が図られる。
建設キャリアアップシステム(CCUS)に蓄積された就業履歴や保有資格に応じたレベル判定を活用し、自身の技術力に見合った労務単価を所属企業や親方に要求できる環境づくりが進んでいる。技能に応じた適正な処遇が担保されることは、若年入職者の定着率向上や離職防止に直接的な効果をもたらす。
参考記事: 国土交通省が6051者調査を拡充|標準労務費違反に公表リスク
ConShiftの視点:労務費の「固定原価化」が迫る調達基準の再編
須藤局長が就任インタビューで示した方針は、建設産業における原価管理のルールが根本的に書き換えられた現実を示している。これまで建設業の見積・積算実務では、材料費や重機損料などの実費を固めた後、受注価格の帳尻を合わせるための調整弁として「外注労務費の圧縮(歩引き)」が常態化していた。しかし、中建審による標準労務費の勧告と原価割れ受注の禁止によって、労務費は企業努力による削減対象ではなく、必ず計上・支払いを行わなければならない「法定原価(固定原価)」へと性質を変えた。
躯体工事をはじめとする主要工種での求人倍率が高止まりを続ける中、法令に沿って標準労務費を満額支払う調達基準を確立できた元請企業には優良な専門工事会社が集約される。一方で、旧来の指値発注を温存し、下請への労務費カットを続ける元請企業は、下請側から施工班の配属を拒否され、着工不能や工程破綻に追い込まれるリスクが顕在化している。
今後は「下請からいかに安く買うか」という価格交渉力ではなく、標準労務費を所与の固定費として前提に置いた上で「現場のプレキャスト化(PC化)やユニット工法の採用によって所要人工数を何割削減できるか」「ICT施工や施工管理ツールの導入で管理工数をどこまで低減できるか」という工法・生産性改革のみが企業の粗利益率を決定づける。労務費の固定原価化を受け入れ、工法と施工プロセスの刷新へ投資を振り向けられるかどうかが、建設企業の事業継続性を分ける境界線となる。
まとめ:明日から着手すべき労務費適正化の3つの実務
第三次・担い手3法が全面施行された2026年度において、国土交通省は建設Gメンの調査権限を駆使し、労務費の末端還元を厳しく点検している。建設企業の経営層および施工管理部門は、以下の実務に即座に着手する必要がある。
- 見積書における労務費・法定福利費の内訳明示フォーマットの統一
下請企業からの見積徴収および民間発注者への見積提出において、「材工一式」の表記を全廃し、法定福利費を別枠で明記した統一積算フォーマットへの移行を社内規程として義務付ける。
- 自社発注単価と中建審勧告の標準労務費との突合点検
中央建設業審議会が告示した13職種99工種の標準労務費データを自社の購買システムに取り込み、現在の下請発注単価が告示基準を下回っていないか全件チェックを実施し、抵触する工種の単価を是正する。
- 一次・二次下請間の契約における労務費反映状況の点検体制確立
元請が支払った適正な労務費が下位の下請企業や職人まで届いているかを確認するため、下請契約書の写しや法定福利費内訳書の提出を求める確認プロセスを施工体制台帳の点検業務に組み込む。


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