積水化学工業の申立てに基づき、東京地方裁判所は2026年7月3日、パナソニック ハウジングソリューションズおよびケイミューが製造・販売するサイホン現象を利用した高排水雨どい製品の製造・販売差し止めを命じる仮処分命令を発令しました。近年の激甚化するゲリラ豪雨対策として高排水建材の設計指定が増加する中、大手メーカー製品の供給停止は設計変更や工期遅延といった現場のサプライチェーンリスクとして顕在化しています。
東京地裁が決定した仮処分命令の全貌と特許紛争の経緯
積水化学工業(以下、積水化学)が2026年7月15日に発表した内容によると、今回の仮処分決定は同社が保有する大型建物用雨どいの高排水技術に関する特許権(特許第6820573号等)を巡る争いです。相手方であるパナソニック ハウジングソリューションズ株式会社(製造元)に対し対象製品の製造、販売、および販売の申出の禁止、ケイミュー株式会社(販売元)に対し販売および販売の申出の禁止が命じられました。
サイホン現象を利用した高排水雨どいの技術的意義と紛争の背景
気候変動に伴う局地的な集中豪雨(いわゆるゲリラ豪雨)の増加により、大型物流施設、工場、商業施設、集合住宅などの屋根から迅速かつ効率的に雨水を排水する技術は、建築設計において極めて重要な要求性能となっています。
従来の雨どいは、重力による自然流下方式が一般的であり、排水能力を上げるためには配管径を太くするか、落とし口(ドレン)の数量を増やす必要がありました。これに対し、「サイホン現象(サイフォン現象)」を活用した高排水雨どいシステムは、雨どい内部を満水状態にすることで管内を陰圧にし、水を引き込む力を利用して大量の雨水を一気に引き抜く技術です。この技術により、従来よりも細い配管で同等以上の排水能力を発揮でき、縦といの削減や建物の意匠性向上、構造負荷の低減が可能となります。
積水化学は先行してこのサイホン式高排水雨どいシステムを開発・市場投入し、市場で高い評価を獲得していました。これに対し、パナソニック側が約2年遅れて同様のサイホン現象を利用した高排水システムおよび構成部材を市場へ投入したことが、今回の知財紛争の引き金となっています。
特許紛争の時系列推移
本件は単発の申立てではなく、2023年から約3年間にわたり争われている一連の特許紛争における重要な決定となります。時系列の推移は以下の通りです。
| 年月日 | 出来事・手続き内容 | 当事者・関係機関 | 主な内容・影響 |
|---|---|---|---|
| 2023年6月30日 | 本訴(特許権侵害訴訟)の提起 | 積水化学、パナソニックHS、ケイミュー | 積水化学が製造・販売差し止めおよび損害賠償を求め東京地裁へ提訴 |
| 2023年12月28日 | 第1仮処分命令の申立て | 積水化学、パナソニックHS | 積水化学が緊急的な製造・販売差し止めを求めて仮処分を申請 |
| 2024年9月20日 | 第1仮処分命令の発令 | 東京地方裁判所 | 東京地裁がパナソニック側に対する製販差し止め仮処分命令を発令 |
| 2025年12月25日 | 本訴(第1審)判決 | 東京地方裁判所 | 積水化学の主張を一部認め、パナソニック側に損害賠償支払いを命じる |
| 2026年1月 | 知財高裁へ控訴 | 積水化学、パナソニックHS | 両社が判決を不服として知的財産高等裁判所へ控訴(現在控訴審進行中) |
| 2026年4月27日 | 第2仮処分命令の申立て | 積水化学、パナソニックHS、ケイミュー | 積水化学がパナソニック側の現行改良品等に対しても仮処分を申立て |
| 2026年7月3日 | 本件(第2仮処分)命令発令 | 東京地方裁判所 | 東京地裁が対象製品の製造・販売・販売申出の差し止め命令を発令 |
| 2026年7月15日 | 公式プレスリリース発表 | 積水化学工業 | 仮処分命令の発令と決定内容を一般・報道機関向けに公表 |
当事者企業の立ち位置と資本関係
本件に関係する企業の事業上の役割および一次情報に基づく資本関係・立ち位置は以下の通りです。
| 企業名 | 訴訟上の立場 | 事業上の役割と資本関係 |
|---|---|---|
| 積水化学工業株式会社 | 申立人(原告) | 先行製品「大型雨とい高排水システム」等を展開する総合化学・建材メーカー |
| パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社 | 被申立人(被告) | 対象製品の製造元。2026年4月よりYKKグループ傘下(YKKが80%、パナソニックHDが20%出資) |
| ケイミュー株式会社 | 被申立人(被告) | 対象製品の販売を担当。クボタ(50%)とパナソニックホールディングス(50%)が出資する外装建材メーカー |
仮処分差し止め対象となった具体的製品と型番
積水化学の公式発表およびパナソニック側の案内資料によると、今回の仮処分命令によって製造・販売および販売の申出(見積提示やカタログ掲載等を含む)が禁止された対象製品は、大型雨とい高排水システムに使用される以下の特定部材です。
差し止め対象製品名
- 「大型雨とい高排水システム」用部材 「自在ドレン(高排水用)」
差し止め対象の具体的型番(サイズ別)
- VP・VU75対応品番: KA309411KH、KA329411KH、KA339411KH、KA3N9411KH、KA3T9411KH
- VP100対応品番: KA309511KH、KA329511KH、KA339511KH、KA3T9511KH
- VP125対応品番: KA309611KH、KA329611KH、KA339611KH、KA3T9611KH
設計図書や特記仕様書、施工図、見積書にこれらの品番が記載されている場合、今後の調達・設置において直接的な影響を受けることになります。
工務店・設計者・サプライヤー各層に及ぶ現場リスクと影響
大手建材メーカーであるパナソニック ハウジングソリューションズおよびケイミューの主力製品に対して製販差し止め仮処分が下されたことは、建設業界のサプライチェーン全体に広範な波及効果をもたらします。
中小工務店・地場ビルダーにおける調達・見積業務の混乱
住宅・低層建築や中規模店舗を手掛ける工務店や地場ビルダーにとって、パナソニックおよびケイミューは日常的な外装・雨どい部材の主要仕入先です。
直面する具体的な業務リスク
- 発注・納品停止への緊急対応: 既に受注・着工している物件で対象型番を指定・手配している場合、メーカーからの出荷が停止するため、現場での施工手順の見直しや代替部材への急遽変更が必要となります。
- 見積・仕様書の差し替え手戻り: 見積提出中や契約直前の案件において、カタログ掲載品番の採用を取り止め、別メーカー品や通常排水仕様への再見積もり作業が発生します。
- 価格変動と工期延伸のリスク: 代替品の手配が難航した場合、納期の遅延が屋根・外壁工程全体の遅れにつながるほか、代替建材の仕入単価上昇分をどこが負担するかという協議が必要になります。
設計事務所・設計者における再計算と再設計の負担
建築設計事務所やゼネコンの設計部門にとって、本件は「単なるメーカーの部品変更」にとどまらない専門的な技術対応を要求します。
水理計算の再実施と納まりの再検証
サイホン式雨どいは、建物の屋根面積、想定降雨強度、ドレンの口径、縦といの配置などを総合的に組み合わせて排水性能(流量)を物理計算・設計する「機能性建材」です。
汎用品の重力流下式雨どいへ変更する場合は、縦といの管径を太くするか本数を増やす必要が生じるため、以下の設計変更作業が発生します。
– 水理計算(排水能力計算)の再実施: 必要な排水量を担保できるか再検証。
– 意匠・構造図面の修正: 縦といの本数追加に伴う外観デザインの修正および下地・固定金具の構造図変更。
– 他設備との干渉チェック: 配管ルートや落とし口の位置変更に伴う、庇(ひさし)・外壁・基礎配管との干渉確認。
積水化学の先行製品(同等のサイホン式高排水システム)へ変更する場合でも、ドレンの寸法や納まり詳細、接続配管仕様が異なるため、施工図の修正と設計者による承認手続きが不可欠となります。
建材メーカー・サプライヤーへの波及と特定製品への需要集中
建材流通店や建材卸(商社)、競合メーカーにとっても、市場の不確定要素が高まっています。
供給ボトルネックの発生懸念
パナソニック側の製品供給が停止することで、高排水性能を求める案件の受注は、権利を保持する積水化学工業の「大型雨とい高排水システム」へ一気に集中することが予想されます。
特定の代替製品へ需要が急増した場合、同社の生産能力や流通在庫が急増した注文に追いつかず、高排水雨どい資材全体の納期が長期化する「供給ボトルネック」が発生する懸念があります。知財トラブルが特定企業の枠を超え、建設資材全体の調達リスクへと拡大する典型例といえます。
ゲリラ豪雨時代の高機能建材指定と知財リスク管理
近年、地球温暖化に伴い1時間あたり50mmから100mmを超えるような局地的な激甚豪雨頻度が増加しており、雨どいや防水資材は「単に雨水を流す部材」から「建物の浸水・壊損リスクを防ぐ防災インフラ」へと役割を変化させています。
排水能力を高めた高機能建材や省施工部材の需要が高まるにつれ、大手建材メーカー各社は高度な流体力学や構造解析を用いた技術開発に注力しています。その結果、製品内部には複雑な特許技術やデザイン意匠権が多数組み込まれるようになり、建材分野における「知財の網(パテント・ポートフォリオ)」がかつてないほど強固に張り巡らされる時代となりました。
今回の事案が業界に提示した本質的な教訓は、「建材の選定基準に『価格』『意匠』『施工性』だけでなく、『知財・供給リスク(法的な継続供給性)』を組み込まなければならない」という点です。
どれほど優れた性能を持つ建材であっても、特許権侵害によって製造・販売差し止めが決定すれば、現場への供給は途絶えます。特に大規模案件や指定工法の多い現場では、知的財産権をめぐる法判決がサプライチェーンの寸断(資材調達不能)に直結することを発注者・施工管理者が強く認識する必要があります。
資材調達の寸断を防ぐために明日から取り組むべきアプローチ
東京地裁による製販差し止め仮処分を受け、現場の施工管理者や設計者、経営層が明日から直ちに着手すべき実務的なアプローチを提示します。
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自社案件における差し止め対象型番の緊急点検を実施する
現在進行中の設計・施工案件(特に大型屋根を持つ工場・倉庫・店舗や集合住宅)の特記仕様書および施工図を点検し、パナソニック/ケイミューの「自在ドレン(高排水用)」および対象型番(KA309411KH、KA309511KH等)が含まれていないかを即座に確認する。 -
設計部門・設備設計者との連携による代替切り替えフローを確立する
対象部材が指定されている場合、積水化学の先行同等品への変更、または通常排水方式への設計変更に必要な水理計算・図面修正・見積修正の手順を整理し、施主や監理者への早期説明と承認取得を進める。 -
高機能・防災建材の選定におけるマルチソース化(調達リスク分散)を定着させる
激甚豪雨対策で使用頻度が高まる高付加価値建材(サイホン雨どい、高耐候性防水シート等)を採用する際は、単一メーカーの特定特許技術に依存しすぎず、仕様策定段階から互換性のある代替工法や複数メーカー品(セカンドソース)の選定肢を確保する調達管理を徹底する。
出典: 日経クロステック(xTECH)
出典: 積水化学工業
出典: パナソニック ハウジングソリューションズ



