清水建設は2026年9月1日、山岳トンネル工事において移動式LiDARを用いて掘削精度をリアルタイムに計測・評価する切羽計測システム「S-LiRT」を開発・実用化したと発表しました。従来は切羽近傍での目視に頼っていた掘削精度の確認を非接触の3次元データ計測へ代替することで、肌落ち事故のリスクを排除しながら、余分な掘削や吹き付けコンクリートの材料ロス削減に直結します。
切羽計測システム「S-LiRT」の技術概要と開発の背景
山岳トンネルの掘削作業では、設計断面に対して岩盤が出っ張った状態となる「アタリ(削り残し)」や、設計断面よりも余分に掘り抜いてしまう「余掘り」の発生が長年の課題となっていました。アタリが生じた場合は重機等で追加の切削を行う手戻り作業が発生し、余掘りが生じた場合は過剰な吹き付けコンクリートで空隙を埋める必要があるため、工期遅延や材料コスト増大の大きな要因となっていました。
さらに従来の現場では、掘削精度や断面形状の確認をトンネル最前線の切羽近傍における作業員の目視や簡易計測に頼っていました。切羽直下は地山露出に伴う肌落ち(岩盤崩落)の危険性が最も高いエリアであり、安全確保の観点から計測作業の遠隔化・無人化が強く求められていました。
清水建設が実用化した「S-LiRT(Shimz LiDAR Real-time Tracking system)」は、トンネル側壁のレール上を自走する2台のLiDARを活用し、切羽の絶対座標をリアルタイムに取得・可視化するシステムです。
2方向計測による死角排除と運転席へのヒートマップ色分け表示
S-LiRTの最大の特徴は、トンネル両側面に設置された2台のLiDARによる双方向からの常時3次元点群計測にあります。
機械式掘削において、1方向からのレーザー計測では掘削機本体のブームやアタッチメントの影になり、切羽面に死角が生じる問題がありました。S-LiRTは左右両側から同時に計測を行うことで重機ブームの死角を補完し、切羽全体の正確な絶対座標を瞬時に取得します。
取得された3次元座標データはシステム内で設計断面データと即座に照合され、アタリ量および余掘り量としてリアルタイムに演算されます。その結果は掘削機の運転席に設置されたモニターへ、アタリや余掘りの度合いに応じたヒートマップ形式で色分け表示されます。
オペレーターは重機を操作しながら手元の画面を見るだけで、どこをどれだけ削るべきかをミリ単位の直感的な視覚情報として把握できるため、掘削精度の飛躍的な向上と手戻りの撲滅が図られます。なお発破掘削現場においては、発破後のアタリを切削する油圧ブレーカーの運転席にモニターを設置して同様のガイダンス運用を行います。
過酷なトンネル環境に耐えるレール移動機構と退避運用
トンネル切羽は、発破による強い衝撃波や飛石、重機によるズリ(掘削土砂)の積み込み・運搬作業に伴う粉じんなど、精密光学機器にとって極めて過酷な環境です。S-LiRTは、ハードウェアの破損を防ぎつつ現場での実用性を維持するため、独自のレール移動機構を採用しています。
システムの構成部材と退避運用の仕組みは以下の通りです。
| 構成要素 | 設置仕様・運用方法 | 現場における主な機能・効果 |
|---|---|---|
| 走行レール | 切羽天端から45度範囲の立入禁止区域外の側壁部にボルト固定 | 掘進に合わせて最後尾のレール部材を取り外し、前方へ盛り替えて延伸 |
| LiDARユニット | 左右の側壁レール上に各1台(計2台)を配置 | 掘削機の死角をなくす双方向からの3次元点群計測 |
| 前進・計測運用 | 計測作業時にレール最先端まで自走 | 切羽に正対する最適な角度から高密度な点群データを取得 |
| 後退・退避運用 | 発破作業やズリ出し作業時にレール最後尾へ退避 | 飛石や粉じん、重機接触による機器故障を防止 |
この機構により、シンプルかつ比較的安価な設備構成でありながら、高価なセンサー機器の損耗を防ぎ、日々の掘削サイクルを止めることなく安定した連続運用が可能になりました。
実証実験を行った2現場の工事概要
S-LiRTは、工法の異なる2つの山岳トンネル工事現場において実証試験が行われ、機械掘削および発破掘削の双方で高い施工性と安全性が検証されました。
| 工事名称 | 日田山国道路1号トンネル本坑(1工区)工事 | 米子自動車道三平山トンネル工事 |
|---|---|---|
| 発注者 | 大分県 | 西日本高速道路株式会社(NEXCO西日本) |
| 施工者 | 清水・河津・小田開発工業特定建設工事共同企業体 | 清水・竹中土木特定建設工事共同企業体 |
| 工事場所 | 大分県中津市山国町守実 | 鳥取県日野郡江府町大字助澤~岡山県真庭市蒜山上徳山 |
| 工期 | 2024年3月~2027年10月 | 2023年1月~2028年12月 |
| 工事規模 | 工事延長1,332m、トンネル掘削工1,325m | 工事延長4,460m、トンネル掘削工2,309m |
| 適用工法 | 機械掘削工法 | 発破掘削工法 |
| 実証成果 | 重機ブームの死角を解消し運転席からリアルタイム掘削制御を達成 | 発破後のブレーカー作業時にアタリ箇所を即座に特定・切削 |
参考記事: 清水建設の遠隔装薬、1孔30秒で切羽の完全無人化と安全性向上を実現
「シミズ・スマート・トンネル」構想と開発の時系列
清水建設は、山岳トンネル工事における省人化と完全無人化施工を目指し、次世代型トンネル構築システム「シミズ・スマート・トンネル」の要素技術開発を進めています。S-LiRTの実用化は、これまで同社が積み重ねてきた切羽DX技術の延長線上に位置づけられます。
| 年月 | 主な出来事・開発実績 |
|---|---|
| 2024年3月 | 厚生労働省が「山岳トンネル工事の切羽における肌落ち災害防止対策に係るガイドライン」を改正。デジタル技術による遠隔化・無人化を推進 |
| 2024年度 | 国土交通省が「i-Construction 2.0」を策定。2040年度までに現場の省人化少なくとも3割、生産性1.5倍向上を掲げる |
| 2025年8月 | 清水建設が「シミズ・スマート・トンネル」要素技術開発の完了を発表。日田山国1号トンネルなどを初弾現場に選定 |
| 2026年5月 | ドローンを鋼製支保工に磁力吸着させて切羽を計測する「Perch-RIM」を開発・実用化(三平山トンネル等で実証) |
| 2026年6月 | 日田山国1号トンネルにて要素技術を集中適用し、トンネル特殊工3名体制(従来比40%省人化)と切羽立ち入りゼロを実証 |
| 2026年8月 | エレクタ一体型コンクリート自動吹付けシステム「ヘラクレス-AUTO」の実道適用とサイクルタイム5%短縮を発表 |
| 2026年9月 | 移動式LiDAR切羽計測システム「S-LiRT」の開発・実用化を発表。掘削精度のリアルタイム計測体系を確立 |
参考記事: 清水建設ら5社、トンネル自動吹付けで切羽作業ゼロと時間5%短縮を実証
建設業界の各プレイヤーに与える影響
S-LiRTの実用化は、元請けゼネコンの施工管理手法にとどまらず、現場のオペレーターや建機関連企業に大きな変革をもたらします。
ゼネコン(元請け):後確認からリアルタイム修正への施工プロセス転換
従来の山岳トンネル工事における出来形管理は、掘削が完了した後に作業員が検尺するか、掘削機を一度後退させてから据え置き型の3Dスキャナー等で計測を行う「施工後の確認」が一般的でした。この方法では、もし設計断面に届いていないアタリが見つかれば再度掘削機を前進させて削り直す必要があり、工程のロスが生じていました。
S-LiRTの導入により、施工管理は「後から確認して手戻りする」形態から、「施工しながらリアルタイムに修正する」プロアクティブなプロセスへと転換します。削り残しと余掘りの双方を最小限に抑えることで、掘削工程そのものの時間短縮だけでなく、後工程である吹き付けコンクリートの材料使用量削減や産業廃棄物の抑制につながり、現場全体の原価低減と工期短縮が同時に達成されます。
現場監督・施工管理者:主観的判断から3Dデータによる定量管理へ
これまでの切羽掘削では、熟練オペレーターの経験則や、切羽近傍に立つ補助作業員の手合図といった定性的な情報に頼る場面が多くありました。そのため、掘削精度のばらつきや、下請け重機オペレーターとの認識の齟齬が生じやすい環境でした。
S-LiRTによって絶対座標に基づくヒートマップデータが即時に生成されることで、現場管理者とオペレーターの間で客観的な数値に基づく指示・確認が可能になります。客観的な3Dデータが共有されるため、品質管理記録の作成が大幅に省力化されるとともに、出来形精度の均一化が図られます。さらに、作業員を切羽直下の肌落ち危険エリアに立ち入らせる必要がなくなるため、現場管理者の安全衛生統括業務における重大労災リスクが劇的に低減します。
建機メーカー・レンタル業者:センシング技術統合と自動重機への需要拡大
S-LiRTの実証成功は、建設機械の単体性能だけでなく、「現場環境のリアルタイムセンシング」と「建機操作インターフェース」の統合ニーズが急速に高まっていることを示しています。
将来的には、オペレーターがモニターを見て重機を操作するガイダンス段階から、S-LiRTが取得した点群座標を掘削機の油圧制御システムへダイレクトにフィードバックするマシンコントロール(自律自動掘削)への移行が進むと考えられます。建機メーカーやレンタル会社にとっては、外付けセンサーや通信機器をスムーズに連動させられる建設機械の供給や、ICT重機に対応した保守・サポート体制の構築が競争力維持の必須要件となります。
参考記事: i-Constructionとは?建設DXを推進する3つの柱と導入のメリットをわかりやすく解説
ConShiftの視点:現場完結型フィードバックループが拓く「自律型施工」
S-LiRTの開発がもたらす本質的な変化は、建設現場における「目」の役割が人間の視覚からデジタルセンサーへと交代し、データに基づく判断と施工が現場内で即時完結する基盤が整った点にあります。
従来の土木DXでは、LiDARやドローンで取得した点群データを一度現場事務所やクラウドに持ち帰り、解析処理を行ってから翌日以降の施工に反映させるというタイムラグが存在していました。しかし山岳トンネルのように刻一刻と地山状態が変化する現場では、数時間前のデータでは最適な施工制御を行えません。
S-LiRTは、過酷な粉じん環境下でも耐えうるレール移動機構という物理的な工夫と、2方向LiDARによる死角補完アルゴリズムを組み合わせることで、計測からデータ処理、運転席への可視化表示までをわずか数秒以内のリアルタイムで現場完結させました。
清水建設が推進する「シミズ・スマート・トンネル」構想では、すでに自動吹付け(ヘラクレス-AUTO)や遠隔装薬(CHARGE MASTER)などの個別要素技術が実証されています。S-LiRTによるリアルタイム断面計測がこれらの自動化技術とシームレスに結合すれば、地山性状の把握から最適断面の自動掘削、装薬・発破、自動吹付けに至る山岳トンネルの全自動サイクルが現実のものとなります。熟練技能者の勘と経験に支えられてきた難工事が、デジタルデータによって自律制御される産業モデルへの構造転換が確実に進んでいます。
参考記事: BIM/CIMとは?原則義務化の運用ルールと実務での導入メリット・導入ステップを解説
明日から現場と経営が意識すべきアクション
トンネル工事をはじめとする土木施工の現場管理者および企業経営層が、施工のリアルタイムデジタル化を見据えて直ちに取り組むべき実務対応を提示します。
1. 切羽近傍における目視・手作業の棚卸しと危険度評価の実施
自社のトンネル現場や掘削現場において、作業員が重機稼働範囲や地山崩落の危険エリアへ立ち入って行っている作業(検尺、断面確認、マーキング等)をすべてリストアップします。どの工程がデジタル計測や遠隔化技術によって代替可能かを整理し、安全対策と省人化の投資優先順位を策定します。
2. 施工データのリアルタイム処理環境と重機通信インフラの検証
施工中のデータを事務所へ持ち帰ることなく、重機の運転席や現場内の操作端末へ即時フィードバックできるネットワーク環境(現場内Wi-Fiやローカル5G、有線LAN配管等)の整備状況を確認します。リアルタイムガイダンスを導入可能な建機仕様の確認を進めます。
3. 点群データやヒートマップ表示を活用したオペレーション訓練の推進
熟練オペレーターおよび若手施工管理者に対して、3次元点群データや色分けヒートマップを直感的に読み取り、施工へ反映させるトレーニングを実施します。機械の自動化・高度化に追従できるデジタルオペレーションスキルの習得を現場全体で推進します。
出典: 清水建設:ニュースリリース
出典: 日刊建設工業新聞
出典: 清水建設(2025年8月8日リリース)
出典: 清水建設(2026年6月11日リリース)
出典: 厚生労働省:山岳トンネル工事の切羽における肌落ち災害防止対策に係るガイドラインの改正について
出典: 国土交通省:i-Construction 2.0の策定について



