株式会社大林組は、アスエネ株式会社が提供するAIサステナビリティ統合プラットフォーム「ASUENE」を国内のすべての建設現場に導入したことを2026年9月15日に発表しました。同システムと自社内の工事情報システムを連携させ、工事ごとに変動する燃料や電力の使用量およびCO2排出量を一元的に集計・可視化する体制を2026年4月までに整えています。
変動する施工現場の排出量をAIで統合管理する大林組の施策
建設業界における温室効果ガス(GHG)排出量削減は、オフィスビルや工場といった固定設備と比べて管理の難易度が極めて高い領域です。工事の着工から竣工に至る各フェーズで稼働する建設重機の種類や台数、現場に出入りする協力会社の作業内容、仮設電力や燃料の消費量が日々大きく変動するためです。大林組が国内全現場へ「ASUENE」を展開した背景と、構築されたデータ連携基盤の技術的・運用の仕組みを整理します。
現場手作業の限界と年次集計からの脱却プロセス
従来、建設現場における環境データの集約は、現場監督や事務担当者による手作業での伝票確認と表計算ソフトへの入力作業に依存していました。月末や四半期ごとに軽油の納品伝票や電力会社からの請求書を集め、活動量に排出係数を乗じてCO2排出量を算出する運用が一般的でした。
このような手作業を前提とした管理体制には、主に以下の実務的課題が存在していました。
- 集計の大幅なタイムラグ: データ集約が年次や半期単位となるため、工事が完了した後にしか最終的な排出実績が判明せず、施工期間中のタイムリーな是正措置や燃料切り替えが困難であったこと
- 工種ごとの排出要因の不可視化: 現場全体の総排出量は把握できても、土工、基礎杭工事、躯体工事、内装仕上げといった工種別、あるいは協力会社別の排出寄与度が細かく分析できず、削減の優先順位がつけにくかったこと
- 現場施工管理者の業務負担: 日常の品質管理・工程管理・安全管理に追われる現場担当者にとって、環境データの転記や社内システムへの登録作業がさらなる時間外労働の要因となっていたこと
大林組は自社の長期ビジョン「Obayashi Sustainability Vision 2050」において、2040〜2050年の大林グループ温室効果ガス排出量実質ゼロ(脱炭素)を掲げています。さらに同社単体の2025年度実績において、直接排出(Scope 1)の総量119.4千t-CO2のうち、建設現場由来が119.1千t-CO2と約99.7%を占めており、現場の排出管理の精緻化が脱炭素経営における最重要課題となっていました。
同社はこの課題を解決するため、2022年10月から国内の数現場において「ASUENE」の試験運用を開始し、現場業務の負荷軽減効果とデータ精度の検証を重ねてきました。約3年半にわたる実証を経て、2026年4月に国内全現場への正式適用を完了させ、同年9月に社内基盤連携の運用開始を公表しました。
ASUENE導入と社内システム連携の歩み
大林組が全現場導入に至るまでのタイムラインおよび脱炭素方針の推移は以下の通りです。
| 年月 | 取り組み内容・経営計画 | 実務・現場管理への影響 |
|---|---|---|
| 2019年6月 | 長期ビジョン「Obayashi Sustainability Vision 2050」策定 | 2040〜2050年の自社グループGHG排出実質ゼロ方針を明確化 |
| 2022年10月 | 2030年目標についてSBTi認定を取得 | Scope 1・2・3の削減目標が国際的基準に準拠 |
| 2022年10月 | 国内数現場にて「ASUENE」の先行試行導入を開始 | 建設現場特有の燃料・電力データ入力運用の検証に着手 |
| 2025年4月 | 佐藤俊美氏が代表取締役社長兼CEOに就任 | DXおよびGX基盤の社会実装と現場展開を推進 |
| 2026年4月 | 国内すべての新築・改修建設現場へ「ASUENE」導入完了 | 現場手作業集計を廃止し、社内工事基盤とのデータ統合を開始 |
| 2026年9月 | 全現場一元管理体制の本格稼働を正式発表 | 供給地点番号連携や工種別CO2分析の実運用を公表 |
AI統合プラットフォームと供給地点番号を活用した自動取り込みの仕組み
今回構築されたデータ管理基盤の中核は、大林組の基幹工事情報システムと、アスエネが提供するAIサステナビリティ統合プラットフォーム「ASUENE」のAPI連携にあります。
プラットフォーム内には高度なAI-OCRおよびデータ構造化機能が組み込まれており、納品書や請求書からの数値読み取り・分類、排出係数の自動紐付け、各種レポーティングの自動生成が行われます。さらに、現場のエネルギー使用量把握において最も先進的な取り組みが、電力の「供給地点特定番号」を活用した自動取り込み機能の試行です。
[各電力会社 / エネルギー供給元]
│ (スマートメーター検針データ / 供給地点特定番号)
▼
[APIデータ連携モジュール]
│
├─► [大林組 社内工事システム] (工事名称・工種・工期・出来高データ)
│ │
│ ▼
└─► [AI統合プラットフォーム「ASUENE」]
│
├─ AI-OCRによる燃料伝票自動解析
├─ リアルタイムCO2排出量算出 (Scope 1・2)
└─ 工種別・進捗別の排出要因分析ダッシュボード
従来、仮設電力の使用量は、毎月現場事務所に送られてくる紙の検針票や請求書を確認して手入力していました。これに対し、電力の受給契約ごとに付与される22桁の「供給地点特定番号」をあらかじめシステムに登録しておくことで、電力会社のデータ基盤から現場ごとの消費電力量を直接・自動で取得できるようになります。
これにより、現場の施工管理者が電力データを入力・集計する手間がゼロになるだけでなく、入力ミスや改ざんの余地を排除した客観性の高い一次データが自動的にクラウド上へ蓄積されます。また、集約された電力・燃料データは工事の工程情報(進捗率・出来高)と掛け合わされ、工種ごとの排出原単位や予測値と実績値の差異が即座にダッシュボード上で分析可能となりました。
参考記事: 大林組、生成AIで法令調査を67%削減|設計手戻りを防ぐDX手法
参考記事: 施工管理アプリ(クラウド型)入門|導入メリットと失敗しない選び方を徹底解説
建設バリューチェーン各層に及ぶ波及効果
大林組による全現場の環境データ一元管理の実現は、一企業のバックオフィス効率化にとどまらず、元請けゼネコンの競争環境、作業所の就業環境、さらには発注者のESG投資基準に至るまで、サプライチェーン全体に直接的な影響を及ぼします。
ゼネコン(元請け):脱炭素提案の競争優位性とSSBJ開示基準への適合
大手ゼネコンにとって、施工段階におけるCO2排出量の精緻な実測データを保有することは、営業面および財務面での競争力に直結します。
第一に、民間デベロッパーや機関投資家からの環境要求への対応力が格段に高まります。従来、建物のライフサイクルカーボン(LCCO2)算定において、施工段階(A4〜A5段階)の排出量は標準原単位を用いた推計値で処理されることが一般的でした。しかし、全現場でリアルタイムに実測データが集計される体制があれば、施工プロセスの途中で「どの重機をバイオディーゼル燃料に切り替えるか」「夜間養生の仮設電力をどの系統から引き込むか」といった具体的な排出削減策を提案し、その効果を定量データで立証することが可能になります。
第二に、金融商品取引法に基づくサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)への対応準備が整います。国内のプライム市場上場企業には、時価総額に応じて2027年3月期以降、有価証券報告書における温室効果ガス排出量(Scope 1・2)の開示と第三者保証の取得が段階的に義務付けられる方針が示されています。年次での事後集計や推計モデルでは監査法人の保証業務に耐えられなくなる懸念がありましたが、AI基盤による証憑と活動量の紐付けおよび自動取得は、第三者保証をスムーズに通過するための強固な内部統制インフラとなります。
参考記事: 国交省、27年度1699億円計上でLCCO2補助新設へ|低炭素施工を加速
現場監督・施工管理者:環境データ収集の自動化による時間外労働の抑制
建設業界では時間外労働の上限規制が厳格に適用されており、施工管理者の間接業務の徹底的な削減が至上命題となっています。
現場の施工管理者にとって、環境負荷データの集計業務は「本業である施工・安全・品質管理の合間を縫って行う負担の重い作業」として敬遠されがちでした。月末になると山積みの燃料伝票と格闘し、電卓を叩いて表計算シートに転記する作業は、書類作成時間の長期化を招いていました。
電力データの自動連携やAI-OCRによる伝票処理の自動化が実現したことで、現場担当者は日々のデータ転記作業から解放されます。さらに、管理画面上で工種ごとの排出状況がグラフィカルに可視化されるため、現場長や主任技術者は「なぜ先週の排出量が突出したのか」「どの掘削工区で燃料効率が悪化しているか」を直感的に把握し、作業手順の見直しや重機のアイドリングストップ指示など、本質的な施工改善活動に注力できるようになります。
発注者・デベロッパー:LCCO2算定の精度向上とESG投融資への適合
施主である不動産デベロッパーやインフラ投資ファンドにとって、ゼネコン側から高精度な実測データがタイムリーに提供される体制は、自社の企業価値向上に直結します。
近年、国内外の不動産投資市場では、GRESBなどのESG評価指標やグリーンビルディング認証(LEED、WELL、CASBEEなど)の取得が資金調達条件として重視されています。特に建築物のエンボディドカーボン(初期建設時の排出量)の削減が国際的な評価軸となる中、施工段階のCO2排出量が正確にトラッキングされている物件は、機関投資家からの高い評価を獲得しやすくなります。
また、2028年度に予定されている改正建築物省エネ法に基づく「建築物通算炭素排出量(LCCO2)評価制度」の届出義務化を見据え、設計段階の試算値と施工現場での実績値の整合性を担保できる元請けゼネコンを選定することは、発注者側のコンプライアンスおよびレピュテーションリスクを回避する上で極めて重要な要素となります。
参考記事: 国交省が2026年度直轄6件でグリーン鉄試行、公共調達の評価軸激変へ
参考記事: 大成建設、CO2最大110kg固定を3年実証|施工管理が選ぶGX技術
ConShiftの視点:現場任せの年次集計からクラウド・AI前提のリアルタイムGXへ
大林組によるASUENE全現場導入が示唆する建設業界の構造変化は、環境データ管理が「現場任せの手作業・年次報告」から「クラウドとAIによる自動取得・継続的モニタリング」へと不可逆的にシフトした点にあります。
これまで建設業の脱炭素は、低炭素コンクリートの採用やバイオ燃料建機の導入といった「個別の技術・資材単位の点検」にとどまりがちでした。しかし、大林組のScope 1排出量の約99.7%が現場由来である事実が示すように、施工プロセスの実態を動的に把握するデータ基盤が存在しなければ、どの現場のどの工種から対策を打つべきかという投資対効果(費用対削減量)の判断ができませんでした。
電力供給地点特定番号の連携に象徴されるように、エネルギー供給インフラと施工管理基盤がAPIで直結したことは、建設DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)が真に融合した好例です。今後、この動きは自社現場(Scope 1・2)の管理にとどまらず、資材メーカーや下請け協力会社を巻き込んだサプライチェーン全体の排出量(Scope 3)のデータ連携へと確実に広がっていきます。
すでに日本建設業連合会(日建連)は「環境自主行動計画第8版」において、2035年度の施工段階CO2排出量を2013年度比で60%削減する目標を掲げています。さらに国土交通省も「土木工事の脱炭素アクションプラン」の改定を通じて公共工事におけるGHG見える化を急速に推進しています。今後は、炭素データの管理基盤を自前あるいはSaaS連携で構築できているかどうかが、公共工事の総合評価方式や民間大規模開発のコンペティションにおける参入障壁、すなわちゼネコンの新たな選別基準となることは確実です。
明日から意識すべきこと
大林組の全現場データ統合基盤の稼働を契機に、すべてのゼネコンおよび工務店が直ちに着手すべき実務上の対応策は以下の通りです。
- 現場におけるエネルギー伝票のデータ化フローの総点検
各現場で発生している軽油・重油の給油伝票や電気料金請求書の処理フローを確認してください。紙伝票の回収や表計算ソフトへの手入力が常態化している場合、AI-OCR機能を持つクラウドツールや排出量算定SaaSの導入を検討し、管理部門および現場の集計工数を削減する体制を整えることが急務です。
- 自社現場の仮設受電契約における供給地点特定番号の管理開始
新規着工現場において、電力会社との受電契約時に付与される22桁の供給地点特定番号を、社内の工事管理データベースに必ず紐付けて記録する運用を開始してください。将来的にエネルギーデータプラットフォームや電力会社とのデータ自動連携機能が普及した際、速やかに接続できるデータ構造をあらかじめ構築しておくことが重要です。
- 下請け協力会社との燃料消費データ共有ルールの策定
自社保有の建設重機だけでなく、下請け協力会社が現場へ持ち込む重機や運搬車両の燃料使用量を把握するための簡易な報告ルールを策定してください。将来的なScope 3開示やLCCO2評価への対応を見据え、現場ごとの活動量データを日常的な安全書類や日報と併せてデジタル収集できる仕組みの検討に入ることが推奨されます。
出典: 大林組
出典: 大林組 ESGデータブック
出典: アスエネ株式会社 プレスリリース
出典: 国土交通省「土木工事の脱炭素アクションプラン」
出典: 日本建設業連合会「環境自主行動計画」



