鹿島建設は2026年3月期決算で売上高3兆672億円を計上し、国内ゼネコンとして初となる年間売上高3兆円の大台に達した。2026年6月に社長へ就任した桐生雅文氏は、この業績を通過点と位置づけ、単年度の施工高追従ではなく長期的な営業利益率の確保と現場暗黙知のデータベース化を優先する方針を打ち出している。
鹿島建設の業績推移と新体制発足の経緯
鹿島建設が記録した売上高3兆672億円は、国内建設会社として過去最高の水準である。しかし、この増収決算の背景には資材価格の高止まりや人件費の上昇に伴う請負代金の膨張が含まれており、経営陣はこの数値を手放しの好況とは捉えていない。新体制への移行経緯と財務数値の実態を整理する。
スーパーゼネコン各社の2026年3月期決算比較
2026年5月に公表された大手ゼネコン各社の連結決算では、大型再開発の進捗や価格転嫁の進展により、各社とも高水準の売上高と営業利益を記録した。鹿島建設は売上規模で他社を引き離す一方、営業利益率においても高水準を維持している。
| 企業名 | 売上高(億円) | 前期比 | 営業利益(億円) | 前期比 |
|---|---|---|---|---|
| 鹿島建設 | 30,672 | +5.3% | 2,407 | +58.5% |
鹿島建設の建設事業受注高は3兆2,639億円に達し、手持ち工事量は潤沢な状態にある。しかし、国内建設市場全体では2024年4月に適用された時間外労働の上限規制(年720時間・原則月45時間)の影響に加え、2024年の建設業倒産件数が過去10年で最多となる1,890件を記録するなど、下請け専門工事会社を取り巻く労務・財務リスクが元請各社の施工余力に直接影響を及ぼしている。
天野前社長の急逝から桐生体制への移行
経営トップの交代は、予期せぬ事態への即応として進められた。2026年1月に前社長の天野裕正氏が急逝したことを受け、押味至一取締役会長が暫定的に会長兼社長を務めた後、2026年2月12日に役員人事が公表された。
横浜支店長を務めていた常務執行役員の桐生雅文氏が指名され、2026年6月26日の定時株主総会を経て代表取締役社長に正式就任した。桐生氏は早稲田大学建築学科を卒業後、現場の工事事務所長を歴任し、東京ミッドタウン日比谷などの大型プロジェクトを率いてきた建築技術者である。
同時に、創業家出身として取締役副社長執行役員を務めていた石川洋氏が任期満了に伴い退任し顧問に退いたことで、鹿島建設の取締役会から創業家が全員退くガバナンス体制への移行が完了した。
桐生体制発足までのタイムライン
新体制発足から売上高3兆円達成に至る主な時系列は以下の通りである。
| 年月 | 出来事・決定事項 | 経営および組織上の位置づけ |
|---|---|---|
| 2026年1月 | 天野裕正社長が急逝 | 押味至一取締役会長が代表取締役会長兼社長を兼任 |
| 2026年2月12日 | 役員人事およびガバナンス方針の発表 | 常務執行役員の桐生雅文氏が新社長に内定 |
| 2026年4月14日 | 役員異動の一部変更を発表 | 創業家出身の石川洋副社長が株主総会で退任決定 |
| 2026年5月14日 | 2026年3月期連結決算の発表 | ゼネコン初の売上高3兆円突破(3兆672億円)を公表 |
| 2026年6月26日 | 定時株主総会・取締役会 | 桐生雅文氏が代表取締役社長に就任。創業家が役員会から退任 |
参考記事: 改正建設業法(2024・2025年施行)のポイントを解説|標準労務費と契約実務の変更点
建設コストインフレと開発計画の乖離
桐生氏がインタビューで最大の課題として挙げているのが、急激な建設資材・労務費の上昇による「発注者の想定予算」と「実勢建設コスト」の乖離である。
日本建設業連合会の試算によると、2024年6月から2026年6月までの2年間で建設総合コストは平均7.3〜8.2%上昇した。特に公共工事設計労務単価は2024年比で9.5%引き上げられ、全国全職種加重平均値は2万5,834円と過去最高を更新している。事業主負担の法定福利費を含めた技能者1人当たりの実質総コストは日額約3万8,200円に達する。
このコスト急騰を背景に、民間都市再開発や大型物流施設の着工延期・設計見直しが頻発している。桐生氏は、ゼネコンが仕様変更や有効床面積の最大化といった設計工夫を発注者に提示すると同時に、元請・下請・行政が一体となって生産システムを見直す必要性を訴えている。
参考記事: 日建連発表、労務単価2.5万円超で建設コスト増|積算・見積りの再調整が急務
建設業界の各プレイヤーに波及する具体的変化
鹿島建設が掲げる「売上規模から利益率へのシフト」「現場業務の切り分けとフィジカルAIの実装」は、サプライチェーン全体の実務手順に影響を及ぼす。
ゼネコン(元請け):売上至上主義からの脱却と利益率重視の選別受注
元請ゼネコン各社は、年間完工高の維持を目的とした採算度外視の受注活動を見直し、物価スライド条項の締結を前提とした選別受注へと舵を切っている。第三次・担い手3法(改正建設業法等)の施行により、2025年12月以降は中央建設業審議会が勧告する労務費基準を著しく下回る契約や、原価割れ受注が明確に禁止される。
元請各社は、見積有効期限を従来の3カ月から1カ月に短縮し、インフレリスクを吸収できない案件の受注を辞退する動きを強めている。また、自社の限られた専任技術者・監理技術者を高採算工事へ優先配分するため、技術者1人当たりの粗利益率が案件着手の主要判断指標となっている。
参考記事: 重層下請構造とは?ピラミッド型組織の仕組み・背景と現場リスクを徹底解説
発注者・デベロッパー(施主):基本設計段階からの施工協業とVE提案の受容
民間デベロッパーや再開発組合は、従来の「設計完了後の相見積もりによる施工者決定」という発注方式を見直し始めている。着工直前に見積額が想定予算を数十億円単位で超過し、事業計画の修正を余儀なくされる事例が相次いでいるためである。
鹿島建設をはじめとする大手各社が求めているのは、基本設計段階から施工者が参画するECI方式(アーリー・コントラクター・インボルブメント)やデザインビルド(設計施工一貫)の活用である。設備部材の納期の見通し、仕上げ材の代替案、柱スパンの調整による施工合理化を設計初期に盛り込むことで、施工段階の手戻りと手待ちを抑え込むアプローチが取引の前提条件となりつつある。
現場監督・施工管理者:現場常駐義務の緩和とAIによるルーチン業務の代替
施工管理者の日常業務は、現場への常時張り付きから、事務所や遠隔拠点でのデータ確認へと移行しつつある。桐生氏が指摘する「現場に行かなければできない仕事」と「遠隔で処理できる業務」の切り分けが進み、配筋検査や安全巡視のデジタル化が急速に浸透している。
遠隔臨場による立会検査の省略、ドローンや自走式ロボットを用いた日々の出来形測量により、写真整理や野帳の転記といった付帯内業が圧縮されている。これにより、現場監督の職務は物理的な巡回管理から、AIが抽出した差異データに基づく施工判断や、専門工事業者間の工程調整といったマネジメント業務へ特化する方向へ向かっている。
参考記事: 鹿島建設、門型AI移動装置を導入し鉄筋籠の立会検査時間を7割削減
ConShiftの視点:規模拡大から「現場暗黙知のデータベース化」への構造転換
鹿島建設が3兆円という前例のない事業規模に達しながら、その数値を「単なる通過点」と切り捨て利益率と生産性を前面に掲げた事実は、建設業界における競争の基準が完全に変わったことを示している。
「個人の勘」を「組織のアルゴリズム」へ置換する必然性
桐生氏が「天野前社長から学んだ最も重要なこと」として挙げたのは、現場技術者が長年培ってきた暗黙知のデータベース化である。従来の建設現場では、配筋の取り合い調整や打設時のスランプ変化への対応、下請け職長との工程交渉といった重要判断は、所長や主任クラスの個人の経験則に依存していた。
しかし、2024年の時間外労働規制適用とベテラン技能者の大量離職により、若手社員が10年かけて背中を見て学ぶ従来の育成サイクルは破綻している。鹿島建設が目指すのは、ベテランの施工判断基準をデータ化し、3年〜5年の経験値を持つ技術者でも同等の品質・工程管理を下せるシステムの構築である。
これは単なる社内マニュアルの電子化ではない。成瀬ダムや三笠ぽんべつダムで進められている自動化施工「A⁴CSEL(クワッドアクセル)」や土工総合管理システムに見られるように、測量・転圧・品質データをリアルタイムで3次元モデルに集約し、機械と人間が同一の基準値で施工を進める「盛土デジタルツイン」の実装そのものである。
参考記事: 鹿島建設、三笠ぽんべつダムで誤差±5cmの自動測量を導入し盛土を3D管理
フィジカルAIが迫る「重層下請構造」の再設計
桐生氏の発言で特筆すべきは、「フィジカルAI」(物理的な作業を行う機械やロボットとAIの結合)への言及と、それに伴う重層下請構造の見直しである。
建設RXコンソーシアムなどを通じた施工ロボットの共同開発が進む中、単体の作業を自動化するだけでは劇的な省人化は達成できない。ロボットや自動重機を稼働させるためには、施工ヤードの事前整地や搬入動線の厳密なスケジューリングが必要となり、従来の「二次・三次下請けが臨機応変に職人を集めて現場合わせで施工する」ピラミッド型の発注形態とは整合しない。
鹿島建設がシンガポールの1万㎡に及ぶ実証施設「Bulim Autonomous Yard」で、現地代理店による重機改造と地場建設会社による自律施工の運用試験を進めている事例は、この課題に対する先行的な回答である。現場の機械化・自動化が進むほど、施工プロセスの工業化と直接施工体制の強化が求められ、中抜きを生む多段階の重層構造は解消へ向かわざるを得ない。
参考記事: 鹿島建設、1万㎡のシンガポール施設でA⁴CSEL検証|造成の自動化へ
明日から意識すべきこと
トップランナーによる経営方針の転換を受け、ゼネコン各社および専門工事会社の管理者が明日から現場実務に落とし込むべき具体策を整理する。
- 積算基準における事業主実質負担コスト(公表単価×1.48倍)の反映
新規案件の見積もり作成時、公表された公共工事設計労務単価の額面のみで人工計算を行うことを中止する。事業主が負担する法定福利費や安全衛生費を含めた実質総コスト(日額約3万8,200円水準)を基準単価として設定し、粗利益率の確保を最優先した積算へ改定する。
- 施工管理業務における「常駐業務」と「遠隔・内業業務」の仕分けシート作成
各現場における管理業務を、現場立ち会いが必要な工程(コンクリート受入検査、足場組立完了時の安全確認など)と、事務所や自社内で処理可能な業務(配筋写真照合、日報作成、搬入車両の手配など)に分類する。遠隔臨場ツールやクラウド施工管理サービスを導入し、現場拘束時間を週次で集計・削減する。
- 現場特有の施工ノウハウ・判断理由の記録と共有
工事完了時の社内検査や引き継ぎにおいて、出来形数値だけでなく「なぜその工法・重機配置を選択したか」「天候や地盤変化に対してどのような指示を出したか」という判断プロセスを施工完了報告書に記載させる。個人が抱え込む暗黙知を支店・全社で参照可能なテキストデータとして蓄積を開始する。
出典: 経済界ウェブ
出典: 鹿島建設株式会社 適時開示情報(2026年2月12日・4月14日公表)
出典: 国土交通省(第三次・担い手3法関連情報)
出典: 厚生労働省(建設業の時間外労働上限規制関連情報)

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