2次元図面による施主打合せで生じる完成イメージの食い違いや、長時間の議事録作成・仕様承認待ちの遅延は、現場管理者の実労働時間を圧迫する主因となっている。大成建設が開発した「建設承認メタバース(C2QUEST)」は、BIMデータとゲームエンジンを統合したクラウド仮想空間上で合意形成を完結させ、音声認識AI「Rimo Voice」との連携によって定例会議の議事録作成工数を約66%削減している。
建設承認メタバース(C2QUEST)の仕組みと生成AI連携の全体像
大成建設が開発した「建設承認メタバース−CONSTRUCTION CONTRACT(略称:C2QUEST)」は、建物の3次元設計データ(BIM)をクラウド上に展開し、専門知識を持たない発注者・設計者・施工者が同一の仮想空間上で仕様決定や協議を行う合意形成プラットフォームである。開発には日立コンサルティング、GlobalLogic Japan、日立社会情報サービスが参画している。
従来、BIMデータの閲覧や編集には専用の高額ソフトウェアと高性能なグラフィック処理用PC(GPU搭載端末)が不可欠であり、社内の設計部門や一部の専門技術者のみが扱う閉ざされた環境になりがちであった。C2QUESTでは、米Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」を活用した高負荷な3D描画処理をクラウド仮想マシン側で実行する構成を採用した。手元の端末ではWebブラウザ経由で映像を受信し操作信号のみを送信するため、一般的なビジネス用ノートPCやタブレットからでも遠隔会議システムを介して軽快に操作できる。
仮想空間内には、検討すべき設計・仕様の懸案事項をゲームの課題に見立てた「Questポイント(ログポイント)」が配置されている。参加者はアバターを動かして建物を自由に歩き回るだけでなく、ドローン視点での俯瞰確認や平面図からのワンクリック移動を行いながら、配色計画(カラースキーム)や案内サインの視認性、動線計画を検証できる。
さらに、Rimo合同会社が提供するAI音声認識サービス「Rimo Voice」とAPI連携している点が実務上の大きな特徴である。メタバース内で行われた協議音声はリアルタイムで高精度にテキスト化され、発言者ごとの議事録が自動生成される。決定された仕様のスクリーンショットや協議ログはそのままエビデンスとしてクラウド上に保管され、建設業法第40条の3に基づく「打合せ記録の10年間保存義務」に自動対応する体制が整えられている。
| 構成要素 | 採用技術・プラットフォーム | 実務における機能・役割 |
|---|---|---|
| 空間描画基盤 | Unreal Engine(クラウドVM処理) | 専門ソフトや高性能PCを使わず、Webブラウザ上で高精細な3D空間を描画 |
| データ連携基盤 | 大成建設の社内BIM連携パイプライン | 設計・施工BIMデータを軽量メタバースデータへ変換し空間内に自動配置 |
| 協議インターフェース | ゲーミフィケーションUI(アバター・ドローン) | 空間内の懸案事項(Quest)を巡回し、非専門家でも直感的に納まりや視認性を確認 |
| 記録・証憑管理 | AI音声認識「Rimo Voice」API連携 | 会議音声の自動テキスト化、議事録作成、決定エビデンスのクラウド一元管理 |
参考記事: BIM/CIMとは?原則義務化の運用ルールと実務での導入メリット・導入ステップを解説
2024年問題以降の施工現場が直面する合意形成遅延の構造
建設業における働き方改革関連法の施行により、2024年4月から時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間、臨時的な特別条項でも年720時間以内)が適用された。現場監督や施工管理者の労働時間を圧縮する上で、従来型の打ち合わせ手法に起因する手戻りと待機時間は致命的な阻害要因となっている。
2次元図面(平面図・断面図・展開図)を基にした定例打ち合わせでは、空間把握の訓練を受けていない施主やテナント企業との間で「天井高の圧迫感」「部材の取り合い」「照明やサインの見え方」に関する認識の齟齬が頻発する。これが着工後の設計変更指示や、内装仕上げ段階での解体・再施工といった手戻り工事を引き起こし、労務費の高騰と工期逼迫を招いていた。
また、週に複数回開催される受発注者間の定例会議では、議事録の作成、発言内容の突き合わせ、関係者への回覧・押印・承認手続きに多大な事務工数が費やされていた。1回の定例会議につき3時間程度の議事録作成・修正時間がかかることも珍しくなく、現場事務所での深夜残業を常態化させる一因となっていた。
大成建設は全社で設計・施工の全案件BIM化を推進しており、他社設計案件であっても自社で施工用BIMモデルを構築する体制を持つ。この基盤を活用し、2022年後半から合意形成プロセスの短縮を目的としたメタバースプロジェクトに着手した。
| 年月 | 推進主体・関係組織 | 開発・運用の推移 |
|---|---|---|
| 2022年後半 | 大成建設 | 時間外労働上限規制を見据え、社内メタバースプロジェクトを立ち上げ |
| 2023年1月 | 大成建設、日立コンサルティング、GlobalLogic Japan | 「建設承認メタバース」開発プロジェクトが本格始動 |
| 2023年9月 | 大成建設、日立コンサルティング、GlobalLogic Japan、日立社会情報サービス | 4社共同で「C2QUEST」の開発開始を公式発表 |
| 2024年4月 | 厚生労働省 | 建設業への時間外労働上限規制が本格適用 |
| 2024年5月 | Rimo合同会社、大成建設 | AI議事録ツール「Rimo Voice」の開発連携を発表 |
| 2025年7月 | 一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 | 「日本DX大賞2025」事業変革部門奨励賞を受賞(20件超のプロジェクトへ適用済) |
| 2025年12月 | 一般社団法人XRコンソーシアム(XRC) | 「AIxRクリエイティブアワード」法人部門優秀賞を受賞 |
| 2026年3月 | 大成建設、Rimo合同会社 | 建築本部全122部署へ定着、議事録作成時間を約66%削減した実績を公表 |
参考記事: 建設業の2024年問題とは?時間外労働上限規制のポイントと現場が取るべき対策を徹底解説
議事録工数66%削減と合意リードタイム短縮の実効性
C2QUESTとRimo Voiceの現場実装は、打ち合わせの準備から承認取得、記録保管に至る一連の業務フローを圧縮し、元請けゼネコンと施主の双方に具体的な改善効果をもたらしている。
定例会議1件あたりの議事録作成時間を3時間から1時間以内へ圧縮
大成建設建築本部では、全122部署、月間700件を超える会議においてRimo Voiceを活用した運用を行っている。従来は手書きのメモや録音データを基に、専門用語を確認しながら1件あたり約3時間かけて作成していた議事録作成業務が、AIによる高精度な自動書き起こしと要約によって1時間以内へと短縮された。作成工数の約66%削減が全社規模で実証されている。
文字起こしデータには会議の発言タイムスタンプが記録され、仮想空間内で指定された「Quest」の合意結果と直接紐付けられる。「いつ、誰が、どの仕様を承認したか」という意思決定のログが改ざん不能な形で自動蓄積されるため、工事終盤に発生しがちな「言った・言わない」の責任トラブルが防止される。
空間事前体験による手戻り削減と仕様決定サイクルの短期化
20件を超える実プロジェクトへの適用において、カラースキーム(配色)や室内の仕上材選定、非常口サインの視認位置など、平面図では判断が難しかった項目について施主の即時判断が可能となった。
これにより、仕様確定までのリードタイムが短縮され、資材発注の早期確定による調達コスト抑制にも直結している。
| 比較項目 | 従来の合意形成フロー | C2QUEST導入後の運用フロー |
|---|---|---|
| 打ち合わせ媒体 | 2次元紙図面、パース画像、部分モックアップ | ブラウザからアクセス可能な3D仮想空間(C2QUEST) |
| 参加者の環境 | 現地現場事務所への参集、または資料投影会議 | 自宅やオフィスの標準PCからアバターで同時アクセス |
| 空間把握の精度 | 図面読解力に依存、完成後に認識ズレが発覚 | 空間内をアバターやドローンで自由に歩行・見下ろし確認 |
| 議事録・エビデンス | 手書きメモから清書(約3時間/回)、紙・PDF保管 | Rimo Voiceによる自動文字起こし(1時間以内/回)、ログ自動紐付け |
| 決定事項の追跡 | 過去図面や打合せ簿の束から手作業で捜索 | Questポイントごとの履歴ログから即座に確認可能 |
参考記事: 国土交通省、3Dモデル契約図書化を28年度本格導入へ|生成AI認知9割
施工現場で先端ツールを定着させるための実装要件
3DモデルやAIツールを建設現場に導入しても、操作の難解さや現場監督の学習負荷が障壁となり、形骸化する事例は多い。大成建設がC2QUESTの現場定着を成功させた背景には、ツールの設計思想と導入アプローチにおける3つの原則が存在する。
1. 「現場が必要な機能だけ」を切り出す段階的導入
C2QUESTでは、システムが持つ全機能を最初から強制するのではなく、現場の課題に合わせて段階的に適用できるモジュール構造を採用している。
例えば、BIMの高度な干渉チェックまでは必要とせず「施主への外壁タイル色やサインの見え方確認だけを行いたい」という現場に対しては、対象箇所の3D空間ウォークスルー機能のみを切り出して提供する。また、空間検討は不要だが「打合せ記録の作成工数を即座に減らしたい」という現場にはRimo Voiceによる文字起こし機能から単独で展開した。現場監督が直面している個別の負荷に対してピンポイントに効果を実感させることで、ツール利用の心理的ハードルを下げている。
2. 端末を選ばないWebブラウザ動作とゲーミフィケーションUI
現場監督や施主が日常業務で使う端末は、一般的なビジネス向けノートPCが中心である。専用アプリケーションのインストールや端末スペックの増強を必須とせず、URLをクリックするだけでブラウザ上で動作するWebアプリ形態を徹底した。
さらに、CADソフト特有の複雑なレイヤ構造や座標入力を排し、PCゲームのようにキーボードの「WASD」キーやマウス操作でアバターを動かせるUIを採用した。建物の確認事項を「解決すべきQuest」としてマップ上にアイコン表示することで、直感的な操作性を担保し、ITリテラシーの差による利用格差を解消している。
3. 設計・施工一貫の全案件BIMデータ変換基盤の存在
メタバース空間を低コストかつ迅速に立ち上げるためには、基となるBIMデータの品質と変換自動化が欠かせない。大成建設は、他社設計案件を含めて施工BIMモデルを内製構築する運用体制を全社的に敷いている。
この基盤があるため、施工図レベルのBIMモデルからポリゴン数を最適化した軽量メタバース用データへの変換パイプラインが円滑に機能する。現場ごとに外部の3D制作会社へCGパースを発注する必要がなく、設計変更が発生した場合も短期間でメタバース空間内のモデルを更新できる運用基盤を確立している。
【C2QUESTの現場定着を支える3階層構造】
├─ 運用層:現場の課題に応じた段階導入(議事録AI単体/色彩検討のみ等)
├─ UI・操作層:Webブラウザ稼働+ゲーム感覚の操作性(専門CAD知識不要)
└─ データ基盤層:全社BIMモデルから軽量メタバースへの自動変換パイプライン
参考記事: 東急建設と福井コンピュータ、100名体制で挑む施工BIM定着の要点\
参考記事: BIM確認申請とは?2026年運用の図面審査と2029年モデル審査のロードマップを解説
自社現場の合意形成DXに向けた段階的移行手順
大成建設の事例が示す通り、3DモデルやAIを用いた合意形成の効率化は、大手ゼネコンの大規模現場に限定された取り組みではない。中小ゼネコンや工務店においても、既存の打ち合わせ業務を切り分け、段階的なデジタル移行を図ることが可能である。
- 定例打ち合わせにおける「記録・証憑化業務」の先行自動化
まずは会議の議事録作成や言った・言わないの確認作業に充てられている工数を可視化し、AI文字起こしツールの導入から着手する。建設業法に準拠したエビデンス保管体制を低コストで整えることで、現場管理者の事務負担を直ちに削減できる。
- 施主承認で手戻りが発生しやすい特定部位の3D可視化
すべての図面を3D化するのではなく、過去に認識の齟齬が生じやすかった「エントランスの納まり」「共用部の案内サイン」「特注設備の配置」など、特定の検討項目に絞ってBIMデータや軽量3Dモデルを活用する。発注者と同じ視点で事前確認を行うワークフローを一部の工程から定着させる。
- クラウド基盤を用いた受発注者間の情報共有プロセスの標準化
メールや紙の配布による図面承認フローを改め、Webブラウザやクラウドストレージ上でモデルと決定事項を一元管理する環境へ移行する。高性能な機器を必要としないクラウドベースの確認環境を整えることが、関係者全員を巻き込んだ合意形成スピードの向上につながる。
出典: BUILT
出典: 大成建設株式会社 ニュースリリース(2025年7月23日)
出典: 大成建設株式会社 ニュースリリース(2023年9月8日)
出典: 株式会社日立製作所 ニュースリリース(2023年9月8日)
出典: 株式会社日立製作所 Social Innovation事例記事
出典: Rimo合同会社 プレスリリース(2024年5月15日)
出典: 大成建設株式会社 ニュースリリース(2025年12月3日)
出典: Rimo合同会社 プレスリリース(2026年3月19日)
出典: 経革広場 日本DX大賞2025事例紹介



